そこから俺たちは手を動かしながらも、いつもと同じような会話を始めた。とは言っても俺は聞き役で、楽しそうに近況を語る椿の話しに相槌を打っていた。
 明日香と最近食べに行ったクレープ屋さんが美味しかったことや、この前塾で受けた模試の結果が微妙だったことなど。
 そんな何気ない彼女の日常の話しを聞いていると、自分の胸の中にあるざわめきも少しは和らぐような気がした。
 一通り作業の目処がつき、俺と椿は自分達が切った折り紙を色ごとに紙コップへと移していく。てきぱきと動く椿の手元を見てみると、淡いピンク色の折り紙がさっそく紙コップを満たしていた。
 彼女はそれをそっと手に取ると、同じような紙コップが並べられている場所へと運ぼうとした。と、その時。「あッ」という椿の声が聞こえたと同時に、俺の目の前で紙吹雪が宙を舞った。

「あー……やっちゃった」
 
 見事に紙コップの中身をばら撒いてしまった椿は、俺の顔を見ると誤魔化すようにぴっと小さく舌を出した。
「何やってんだよ」と呆れたように笑って俺は足元を見ると、ピンク色の小さな折り紙たちが絨毯のように敷き詰められている。それを拾おうと右手を伸ばした時、目の前にいる椿がぼそりと呟いた。

「なんだか、桜の花びらみたいだね」
 
 その言葉を聞いた瞬間、思わず俺の手がピタリと止まった。それと同時に脳裏に浮かんだのは、真那の手帳に書いていた言葉。


 もう一度、桜の木の下で空の窓を見上げるーー

「……」

 俺は手を止めたまま頭の中で真那の手帳に記されていたことを反芻した。たしかあの手帳にはそんな言葉も書かれていたはずだ。
「早く片付けないと」と呟きながら散らばった折り紙を拾い上げていく椿を前に、俺はゴクリと唾を飲み込む。そして、恐る恐る口を開いた。

「なあ椿。真那のことなんだけど……」
 
 突然姉の名前を口にしてしまったせいか、椿は折り紙を掴もうと伸ばした指先をピタリと止めた。直後、一瞬黙り込んだ彼女が小さく深呼吸をする。

「……お姉ちゃんが、どうしたの?」
 
 俺の目は見ないまま、椿が尋ねた。先ほどとはどこか雰囲気の違う彼女に、俺はそっと視線を逸らす。

「いやその……真那って桜とか好きだったのかなって思って」

「……」
 
 出来るだけ普段通りの口調で尋ねてみたが、椿からの返事はなかった。俺は動揺する心を誤魔化そうと再び口を開く。

「ほら、もうすぐ真那の誕生日だろ? だから……なにか真那が好きだったものでもお供えしに行こうかなって思ってさ……」

 言い訳をするかのようにぎこちない口調で話せば、椿は伏せていた目をそっと閉じる。そしてきゅっと唇を噛んだかと思うと、静かな声で言った。

「そんなの……わたしに聞かないでよ」
 
 感情を無理やり押し殺したようなその声に、さっきまでの椿の面影はなかった。
 様子がおかしいことに気づいた俺が、「つば……」と彼女の名を口にしようとした時、彼女は何も言わず突然立ち上がる。そしてそのまま逃げるように教室の扉に向かって走っていく。

「椿!」

 俺が慌てて声を上げるも、椿は振り返ることもなく教室から出て行ってしまった。そんな彼女の異変にいち早く気づいた和輝が、椿の後を追うように教室を飛び出していく。

「……」

 重苦しい空気が包む中、俺はただ呆然としたまま立ち尽くしていた。ふと足元に視線を落とすと、椿が丁寧に切ってくれていた折り紙が、無残にも打ち砕かれたかのように散らばったままだった。