「……手伝おうか?」
 
 聞き覚えのある声にそっと顔を上げると、そこにはいたのは椿だった。彼女ははらりと落ちた横顔を耳にかけ直しながら、その大きな瞳で俺の顔を覗き込む。

「向こうは大丈夫なのかよ?」
 
 俺はそう言うと椿たちの班の方を見た。すると彼女からクスリと笑い声が聞こえる。

「うん。明日香が私に任せとけって張り切ってるから」

 そう言って椿も教室の後方をチラリと見た。視線の先では、何故かニヤニヤとしながらこちらの様子を伺ってくる明日香が俺たちに向かって小さくウィンクを送ってきた。
 意味がわからず俺が首を傾げていると、「ほ、ほら早く準備進めよ」と急に顔を赤らめた椿が明日香に向かって背を向ける。そんな椿の様子に、彼女の友人は愉快そうに笑っていた。

「歩……これってどんな作業してるの?」
 
 目の前に乱雑に広げられた折り紙を見つめながら、椿が困ったように言ってきた。俺は無言でその中から一枚折り紙を手に取ると、それにそっとハサミを入れる。

「……ただ切るだけ」
 
 つまらないといわんばかりの口調でそんなことを呟けば、椿がぷっと吹き出した。

「なんか、地味だね」

「俺に言うなよ」
 
 そう言って俺はわざとらしく椿を睨むも、彼女は相変わらずクスクスと楽しそうに肩を揺らしていた。そして一息つくように大きく息を吸った後、今度は落ち着いた声音で椿がそっと口を開く。

「この前は、ごめんね」

「え?」
 
 突然謝ってきた椿に、俺は思わずきょとんとした表情を浮かべる。すると彼女は、その長い睫毛を少しだけ伏せた。

「お祭りの時、勝手に帰ったりして……」

 先ほどまでとは違い、少し悲しそうな表情を浮かべる椿。俺はそんな彼女を見て小さく息を吐き出すと、チクリとする胸の痛みを感じながら唇を開いた。

「俺の方こそ……悪かった」

 聞こえるか聞こえないかの声で謝罪の言葉を呟くと、今度は椿が「え?」と驚いたような顔をする。

「その……花火一緒に見れなくて」

「……」
 
 椿は俺の言葉を聞いても何も言わずただ顔を伏せていたが、やがて小さく首を横に振る。

「ううん……別に歩は悪くないよ。私も突然誘っちゃったしね。だから……」

 そこで椿は言葉を止めると、なぜか俺の様子を伺うようにチラリと顔を上げた。そして慎重に言葉を選ぶように、もじもじとした様子で唇を開く。

「だから……来年は一緒に見に行こうよ」 
    
 教室に賑やかな声が響く中、椿は恥ずかしそうにぼそりと呟いた。俺はその言葉を聞いて少し驚いた表情を浮かべて彼女の横顔を見る。そして口元をふっと緩めた。

「ああ……そうだな」
 
 俺も同じように小声で呟く。すると今度は椿の方が少し驚いた様子で俺のことを見てきたが、その唇が嬉しそうに弧を描いた。「約束だよ」と先ほどよりも明るい声で言った彼女は、嬉しそうな表情を浮かべたまま再び作業を始めた。