翌朝、家を出ると空はぐずついていて、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。俺は傘を持つと、いつものように文化祭の準備のために学校へと向かう。
 この天候のせいか、それとも自分の心が整理できていないためか、胸の奥に感じるざわめきは昨日から何も変わってはいない。
 朝起きても、真っ先に浮かんだのは真那のことだった。受け入れたくない現実が、もうすぐそばまで迫っている。
 俺はそんな未来から目を背けるかのように視線を足元へと落とす。そして両手をズボンのポケットに入れようとした時、ふとスマホが震えていることに気付いた。そのまま右手でスマホを取り出して画面を見ると新着メッセージのアイコンには『椿』と表示があった。
 昨日メッセージを送ってからずっと連絡がなかったが、やっと返信が返ってきたようだ。
 そんなに体調が悪かったのかと心配になった俺は、すぐにメッセージを開いた。そこにはいつもの彼女らしい文章で、『心配かけてごめん! もう元気になったから大丈夫』と絵文字とスタンプ付きのメッセージ。
 それを見てほっと安堵した俺は、『なら良かった』と返事を返した。そしてスマホを再びポケットに入れようとした時、ふと左手がオルゴールの入っているポケットに触れた。

「……」

 俺はスマホの代わりに今度はオルゴールを手に取ると、それをじっと見つめた。頭の中に無意識に浮かぶのは、真那のお爺さんの言葉。
 
 真那はどんな想いで、このオルゴールをプレゼントに選んでくれたのだろう……
 
 俺はそんなことを思うと、オルゴールをそっと手のひらの中で握りしめる。いくら自分の誕生日だとはいえ、真那はずっと大切にしていたオルゴールをわざわざ選んでくれたのだ。そこにはやはり彼女のお爺さんが話していたように、何か伝えたいことがあったのだろうか。
 俺はそんな答えの出ない疑問を自分の胸に聞いてみる。その答えを直接尋ねることができる機会が、確実に次の日曜日に訪れてくれるのかはわからない。それに、もしオルゴールが動いて彼女と会うことが出来たとしても、もうこれからは……。
 行き場を失った感情を吐き出すかのようにため息をつくと、頬に冷たい感覚が走った。俺はそっと顔を上げる。どうやら、我慢できなくなった空が泣き出したみたいだ。