「このオルゴールはね、真那がこの店に初めてきた時に一番最初に興味を持ったものだったんだよ。まだあの子が小学校に入る前ぐらいだったかな。このオルゴールを鳴らすとあの子は『すごいすごい!』とはしゃぎながら随分と興味を持ってね。どうしてこんな小さな箱からメロディが流れてくるのか不思議で仕方なかったんだろう」
真那のお爺さんはそう言って深く息を吐き出すと、今度はゆっくりと店内を見渡した。その視線の先にあるのはオルゴールと同じく、数えきれない時間と思い出を詰め込んだ品々たち。
「真那が小学校に上がった時の誕生日に、このオルゴールをプレゼントしてあげてね。あの子はすごく喜んでたよ。『私の宝物がやってきた!』と言ってね。彼女にとってこのオルゴールは、いわば自分の道しるべのようなものだったんだろう。その日を境にあの子は機械いじりをするようになってね。ちょうどその頃ぐらいだったんじゃないかな。真那が君の家に通うようになったのは」
真那のお爺さんの話しを聞きながら、俺は初めて真那と出会った日のことを思い出していた。その記憶はもううっすらとした輪郭しか持っていなかったけれど、それでも完全に消えることはなく、今もこの胸の奥に刻まれている記憶。
その日、俺は親父に連れられてガレージまで訪れた。するとそこには真那の父親と、手を繋がれた彼女がいたのだ。
知らない人と話すことが苦手な上、一つ年上の女の子と聞いていたこともあり、俺はずっと親父の後ろに隠れていた。そしたら急に彼女が近づいてきて、自分に向かって言ったのだ。「君も車を直せるの?」って。
そんなわけないだろ、なんて今みたいに生意気なことも言えず、俺は呆気に取られてただ黙っていた。すると幼い真那はニコリと笑い、「私にも教えて」とあろうことかいきなり手を繋いできて、俺にガレージの中を案内させたのだ。
恥ずかしくて顔を真っ赤にした自分を見て、親父と真那の父親は笑っていたと思う。
もうほとんどぼやけてしまった思い出だけれども、あの時真那が握ってくれた手のひらの温もりは、何故か今でも覚えている。もしかしたら俺は、初めて彼女と出会った時から、特別な感情を抱いていたのかもしれない。
瞼を伏せてそんな思い出の世界に浸っていると、俺の耳に再び真那のお爺さんの声が届いた。
「彼女はそれから毎日のようにこのオルゴールを持ち歩いていたよ。でもある時ね、泣きながらこのお店にやってきたんだ。『オルゴールが鳴らない』と言ってね」
「壊れたんですか?」
「ああ、そうなんだよ。彼女はとてもショックを受けていた。小さな頃から宝物ように肌身離さず持っていたオルゴールだったからね。だからあの子にはこう教えてあげた。形あるものはいずれ壊れる。けれど技術者である自分たちはそこに新しい命を宿すことができる。だから真那が立派な技術者になった時、もう一度このオルゴールに命を吹き込んであげればよいと。自分が大切にしている想いと一緒に」
「自分が大切にしている想い……」
無意識に同じ言葉をぼそりと呟くと、真那のお爺さんは静かに頷いた。
「歩くん。真那が君の誕生日にこのオルゴールを送ったということは、おそらく彼女にとって特別な意味があったと思うよ。だからこそ、これは君が持っておくべきものだ」
そう言って真那のお爺さんはニコリと笑った。俺は黙ったまま小さなオルゴールを見つめる。
真那のお爺さんはそう言って深く息を吐き出すと、今度はゆっくりと店内を見渡した。その視線の先にあるのはオルゴールと同じく、数えきれない時間と思い出を詰め込んだ品々たち。
「真那が小学校に上がった時の誕生日に、このオルゴールをプレゼントしてあげてね。あの子はすごく喜んでたよ。『私の宝物がやってきた!』と言ってね。彼女にとってこのオルゴールは、いわば自分の道しるべのようなものだったんだろう。その日を境にあの子は機械いじりをするようになってね。ちょうどその頃ぐらいだったんじゃないかな。真那が君の家に通うようになったのは」
真那のお爺さんの話しを聞きながら、俺は初めて真那と出会った日のことを思い出していた。その記憶はもううっすらとした輪郭しか持っていなかったけれど、それでも完全に消えることはなく、今もこの胸の奥に刻まれている記憶。
その日、俺は親父に連れられてガレージまで訪れた。するとそこには真那の父親と、手を繋がれた彼女がいたのだ。
知らない人と話すことが苦手な上、一つ年上の女の子と聞いていたこともあり、俺はずっと親父の後ろに隠れていた。そしたら急に彼女が近づいてきて、自分に向かって言ったのだ。「君も車を直せるの?」って。
そんなわけないだろ、なんて今みたいに生意気なことも言えず、俺は呆気に取られてただ黙っていた。すると幼い真那はニコリと笑い、「私にも教えて」とあろうことかいきなり手を繋いできて、俺にガレージの中を案内させたのだ。
恥ずかしくて顔を真っ赤にした自分を見て、親父と真那の父親は笑っていたと思う。
もうほとんどぼやけてしまった思い出だけれども、あの時真那が握ってくれた手のひらの温もりは、何故か今でも覚えている。もしかしたら俺は、初めて彼女と出会った時から、特別な感情を抱いていたのかもしれない。
瞼を伏せてそんな思い出の世界に浸っていると、俺の耳に再び真那のお爺さんの声が届いた。
「彼女はそれから毎日のようにこのオルゴールを持ち歩いていたよ。でもある時ね、泣きながらこのお店にやってきたんだ。『オルゴールが鳴らない』と言ってね」
「壊れたんですか?」
「ああ、そうなんだよ。彼女はとてもショックを受けていた。小さな頃から宝物ように肌身離さず持っていたオルゴールだったからね。だからあの子にはこう教えてあげた。形あるものはいずれ壊れる。けれど技術者である自分たちはそこに新しい命を宿すことができる。だから真那が立派な技術者になった時、もう一度このオルゴールに命を吹き込んであげればよいと。自分が大切にしている想いと一緒に」
「自分が大切にしている想い……」
無意識に同じ言葉をぼそりと呟くと、真那のお爺さんは静かに頷いた。
「歩くん。真那が君の誕生日にこのオルゴールを送ったということは、おそらく彼女にとって特別な意味があったと思うよ。だからこそ、これは君が持っておくべきものだ」
そう言って真那のお爺さんはニコリと笑った。俺は黙ったまま小さなオルゴールを見つめる。