俺はゴクリと唾を飲み込むと、静かな声で尋ねた。

「あの……真那の、篠峰真那さんのお爺さんですか?」
 
 俺の言葉に老人は驚いたように一瞬目を丸くするも、すぐに和かな笑みを浮かべて「そうだよ」と言った。

「真那のことを知っているようだが、君は……」

「工藤歩です。真那と椿の幼なじみで、小さな頃に何度かここにも……」
 
 俺の話しに真那の祖父は何か思い出したようで、「おお」と再び驚いたように声を漏らすと椅子から立ち上がった。

「これは驚いた、あの時の歩くんか。いやー随分と立派になっていたから誰かわからなかったよ」

「覚えてくれていたんですか?」
 
 同じように驚いた声で聞き返すと、真那の祖父は愉快そうに笑う。

「もちろんだよ。それに真那が生きていた頃は、よく君の話しをしていたからね」

「え?」

 思いもよらなかった言葉に、「そうだったんですか?」と俺は思わず目を丸くする。

「そうだとも。店に来るたびに『私の可愛い弟が』とよく色んな話しを聞かされたものだよ」

「…………」
 
 そう言って楽しそうに笑う真那の祖父を見て、俺はなんだか恥ずかしくなってしまい顔を伏せた。

 可愛い弟って……。
 
 真那にとって自分が特別な存在だったのはありがたいが、弟というポジションは望んでいない。そんなことを思い、ぎこちない動きで頭をかいていると、真那のお爺さんがコホンと咳払いをした。

「それで歩くん。今日はまたこんな遠いところまで来てくれてどうしたんだい?」

 柔らかな瞳を向けて尋ねてきた言葉に、俺は「あっ」と大事なことを思い出すとガサゴソと右手をズボンのポケットの中に入れる。そして真那が作ってくれたあのオルゴールを取り出した。

「実は……これを直してほしくて」
 
 オルゴールを乗せた右手を恐る恐る差し出すと、「ん?」と声を漏らした真那のお爺さんは顔を近づける。そして深く皺の刻まれた両手でオルゴールを受け取ると、覗き込むようにゆっくりと持ち上げだ。

「これは驚いた……まさか久しぶりにこのオルゴールを見ることができるとは」

「知ってるんですか?」
 
 思わず声を強めて聞き返すと、真那のお爺さんは「もちろん」と深く頷いた。

「これは昔、自分が真那にあげたものだからね」

「えっ?」

 俺は目を大きくして、真那のお爺さんが手に持っている小さなオルゴールを見た。

「そうだったんですか?」

「ああ。真那が随分気に入っていたからね。だからあの子の誕生日にプレゼントしてあげたんだよ」
 
 そう言って真那のお爺さんは懐かしむように目を細めてオルゴールを見つめた。思い出の詰まった小さな箱は、当時の輝きを取り戻すかのようにランプの温かな光を反射して光っている。

「しかし驚いたよ。まさか今は歩くんが持ってくれていたとはね」

 嬉しそうに話す真那のお爺さんの姿を見て、俺はゴクリと唾を飲み込む。

「その……実は、真那が僕の誕生日にくれたんです」

 おずおずとした口調で話しを切り出した自分に、真那の祖父は一瞬目を大きくしたかと思うと、「そうだったか」と今度は声を出して笑った。その様子を見て、俺はほっと息を吐き出す。
 
「すいません。そんな大切な物だったとは知らなくて」

「いや、構わんさ。それにこれはもう真那の物だったからね。あの子が君の誕生日に渡したのなら、きっとそれも何かの縁だったのだろう」
 
 真那のお爺さんはそう言うと、かつての記憶を巡っていくかのように真那との思い出を語り始めた。