結局、明日香の言う通り椿にはメッセージを送ったものの、帰る頃になっても彼女からの返信はなかった。
 俺は昇降口を出ると真上から鋭く差し込んでくる陽光を左手で遮りながら、スマホの画面を覗き込む。そこには『既読』とアイコンをつけたまま、会話が一向に進まないラインアプリが表示されている。
 はあ、と小さく息を吐き出すと、俺は普段はあまり乗ることのない自転車へとまたがった。
学校に来るときはいつも徒歩なのだが、今日は真那のおじいさんのお店に行こうと思っていたので、朝からタイヤに空気を入れてわざわざガレージから出してきたのだ。
 ペダルを踏む足に力を入れると、錆び付いたタイヤがきいきいと音を立てて回り始めた。ちょうど昇降口の扉から真一が出てきたので軽く右手を上げた後、俺は通用門に向かって自転車を漕ぐ。
 相変わらず頭上から降り注ぐ光は暑かったが、徒歩の時とは違い、身体を吹き抜ける風は涼しかった。
 学校を出ると、俺は海手の方に向かって自転車を走らせた。部活を辞めてからあまり身体を動かさなくなったせいか、しばらくペダルを漕いでいると思ったよりも早くに呼吸のペースが乱れてきた。
 それでも俺はあえてスピードは落とさず、海岸線の道を緩やかなガードレールに沿って進んでいく。右手には、空とは違う深みを持った青い世界が遥か彼方まで続いている。海面に反射する白い光を目で追っていくと、ふいに見覚えのある砂浜が視界に映った。
 そこは、オルゴールを使って真那と再会した場所だった。
 あの時とは違い、夏の日差しを受けて輝く水面は、時間の流れに寄り添うように波打っている。俺はそんな思い出の場所からそっと目をそらすと、再び視線を戻して隣町へとペダルを漕いだ。