「つばきー、お風呂沸いてるわよ」
　
　祭りから帰ってきた私の耳に届いたのは、いつも通りのお母さんの声だった。
「後で入る」と何とかそれだけ声を絞り出した私は、再び枕に顔を埋める。
　帰ってきて早々、着替える気力もなかった私は、力尽きたように自分のベッドの上で横になっていた。目を閉じると、耳の奥で花火の音が残っているような気がした。そして、歩に言ってしまった言葉も。
　
　どうして私、あんなこと言っちゃったんだろう……
　
　ぎりしと軋むベッドの音が、罪悪感に飲み込まれた心にヒビを入れていく。そこから流れ出るのは痛々しいほどの後悔と、そして醜い嫉妬心。それは大好きなはずのお姉ちゃんの姿さえも、黒々と染めようとする。
　私はそんな自分の心から目を背けるように、枕からゆっくりと顔を上げた。そしてベッドから起き上がると部屋着に着替える。
　帯に締めつけられていた身体が自由を取り戻し、少しは呼吸がしやすくなったものの、胸のわだかまりが消えることはない。私は小さくため息をつくと、部屋を出て一階まで向かった。

「椿、お姉ちゃんにお線香あげて花火の感想伝えといてあげてね。あの子、天宮まつりの花火をいっつも楽しみにしてたから」

　リビングの前を通ろうとした時、顔を出したお母さんが微笑みながら言ってきた。私は力なく「うん」と答えると、そのまま隣の和室へと向かう。部屋に入って仏壇の前に座ると、畳の香りと一緒にお線香の匂いが鼻先をかすめた。

「……」
　
　目の前には、何一つ色褪せることなく無邪気な笑顔を浮かべているお姉ちゃんの姿。
　あまりに鮮明に映るその写真は、今の自分には胸が痛くなるほど鮮やか過ぎて、私は思わず顔を伏せてしまう。それでも無性に込み上げてくる気持ちを無理やり抑え込もうと、太ももの上に置いた両手にぎゅっと力を込める。

　私は、今でもお姉ちゃんのことが大好きだ……

　閉じた瞼の裏側に浮かんでくるのは、いつも明るくて優しく、そして私の憧れだったお姉ちゃんの姿。

　それなのに私は……

　再び強く心を締め付けてくる後悔に、私はぐっと唇を噛んだ。強く握りしめた指先が微かに震え始める。わかってる。どんなに憧れても、近づこうと努力しても、私がお姉ちゃんのようになれるわけがない。
　お姉ちゃんのように歩の隣で、彼のことを支えられるような存在にはなれない。そんなこと、もうずっと前から知っている。幼い頃から知っている。けど……それでも私は……
　熱を持って目元まで込み上げてきた感情が、大粒の涙へと姿を変えてぽたりぽたりと手の甲へと落ちていく。誰に向ければいいのかわからない感情が胸の中を圧迫する。それを嗚咽と一緒に吐き出そうとしながら、私は思わず声を漏らした。

「お姉ちゃん……わたしどうしたらいいのか……もうわからないよ……」
　
　ほとんど言葉にもならないような声で私は呟いた。
　濡れて滲んでひどく歪んだ世界の中で顔を上げると、それでも目の前にいるお姉ちゃんだけは、いつもと同じように私に微笑みかけてくれていた。