「椿は誰と来てるんだ?」

「私は明日香たちと来たんだけど、今は……」
 
 もじもじと指先を絡めながら続く言葉を探す私に、今度は歩のほうが不思議そうに首を傾げているのがわかった。僅かな沈黙が、さらに心臓の鼓動を加速していく。
 私は覚悟を決めるためにすっと深く息を吸うと、肺いっぱいに含んだ空気を想いと一緒に吐き出した。

「あ、あのさ……もし良かったら、一緒に花火観ない?」

「え?」

 震えそうになる声を必死に我慢しながら伝えた自分の言葉に、歩が少し驚いたような声を漏らした。私はというと、恥ずかしさのあまり幼なじみの顔を見れなくなってしまう。

「……」
 
 歩からの返事はすぐにはなく、私がチラリと様子を伺うと、彼は困ったような表情を浮かべてため息をついていた。そして、躊躇うようにゆっくりと口を開く。

「ごめん……俺は帰る。それに、明日香たちと来てるんだろ? 邪魔しちゃ悪いし」
 
 歩はそう言うと背を向けようとした。慌てた私は、チクリと痛んだ胸を誤魔化すように笑顔を作ると、精一杯の明るい声を絞り出す。

「それなら大丈夫だよ。明日香たちなら……」

「だからいいって」
 
 吐き捨てるように、彼が冷たい声で言った。いつもと違う歩の態度に、思わず肩がビクリと震えてしまう。
 戸惑う私はぎゅっと唇を噛み締めると、残った言葉を無理やり喉の奥へと押し込める。

「……」
 
 押し込んでしまった言葉と気持ちが、今度は痛みとなってじわじわと胸の中を広がっていく。そのせいで、「そっか」という簡単な言葉さえも出てこない。
 私は消えていく笑顔を見せないようにと咄嗟に顔を伏せた。買ったばかりの浴衣も、慣れない下駄も、視界に映る何もかもが滲み始める。
 
 なんで……

 崩れ落ちそうな感情をつなぎとめようと、私は巾着の紐を握りしめている手にぐっと力を込める。

 なんで私はいつもこうなっちゃうんだろう……
 
 黙ったまま俯いていると、歩が気まずさを誤魔化すかのように咳払いをした。そして、「じゃあ」と小声で言って彼が立ち去ろうとした時だった。
 私はいけないとわかっていながら、口にしてはダメだと思いながらも、歩の背中に向かってその言葉を問いかけてしまう。

 お姉ちゃんとなら観たかった?

 思わずそんな言葉を口にした時、突如頭上からドンと花火の音が響き渡った。私はその瞬間、我に戻ったようにハッと顔を上げる。
 目の前にいる歩の顔を見ると、どうやら自分の言葉は届いていなかったようで、彼は「え?」という表情で首を傾げていた。

「……」

 私は咄嗟に歩に背を向けると、そのまま何も言わずに走り出した。

「おい椿!」

 背中から歩の声が聞こえた。けれど私は振り返ることもなく人混みの中に紛れていく。頭上では次々と花火の音が咲き乱れ、カランカランと虚しく響く私の足音をかき消していく。胸の奥から込み上げてくるのは、後悔だけだった。
 私は嗚咽しそうになるのを必死に堪えながら、逃げるように走り続けた。
 明日香たちのもとへと戻ることもなく、この場所から少しでも離れたくて、ただひたすらに走った。
 自分の気持ちから目を背けて、そして、闇夜を照らす光からも逃げるように。