「歩はさ、自分にとって大切な人がいるならどうなってほしい?」

「え?」
 
 急に話題が変わったことに戸惑ってしまった自分を、真那は瞳だけを動かして見つめてきた。

「そりゃ……幸せになってほしいと思うよ、きっと……」
 
 俺はぎこちない口調でそんな言葉を口にした。するとその言葉を聞いて、真那は嬉しそうにクスリと微笑む。

「わたしも歩と同じ。大切な人や好きな人にはいつまでも幸せになってほしいと思う」

「好きな人、いるのかよ?」
 
 さっきとは違う胸騒ぎが心の中を走った。思わず動揺してしまった自分を見て、「たとえばだよ」と真那はクスクスと笑う。

「でももしそんな相手がいるなら、私はその人にいつも輝いていてほしい。前を向いて歩いていてほしい。もちろん人間だから落ち込むことや悩むことはあるかもしれないけどさ、それでもやっぱり大切な人にはちゃんと自分の道を進んでほしいの」

「……」

「だからね、歩。私はもう充分幸せは受け取ったよ。自分のやりたいことを見つけて、毎日のように歩の家で好きなこともさせてもらえた。歩にもいつも話しを聞いてもらったり、家まで送ってもらったり。こうやって今は憧れだったことも叶えてもらってる。そりゃあ、やり残したことがないって言えば嘘になるけど、それでも私は今も幸せだよ。だから……」

 真那はそこで唇を止めると、言葉を探すようにゆっくりと瞼を閉じる。俺はそんな彼女の姿を黙ったまま見つめていた。胸の奥が焼けるように痛い。喉の奥から込み上げてきそうになる感情は、あの日、真那を失った時に感じたものと同じだった。
 そんな感情に飲み込まれないように必死になって何か言葉を発しようとした時、目を開けた真那がニコリと笑った。

「だから、今度は歩にも幸せになってほしいの。私が歩いてきたように、歩にもこれから先自分の道を進んでもらいたい。そんな歩の後ろ姿を、私はずっと見ていたいの」
 
 真那はそう言うと一歩近づいてきて、オルゴールを持っている俺の右手を優しく両手で包み込んだ。その瞬間、彼女がたしかに存在しているという温もりが皮膚を通して伝わってくる。

「私はもう歩とは同じ道を歩けないけど、この中にちゃんといる。歩がいつだって自分の道を進めるようにちゃんと側で支えてるから」

「だから……このオルゴールを鳴らせば真那と会えるってことなんだろ?」

 いつの間にか荒くなった呼吸を無理やり抑えるようと、俺はあえて静かな口調で言った。その言葉に、真那は少し寂しそうな表情を浮かべると小さく首を横に振る。

「ごめんね、歩。もう……そんなに時間は残されてないんだ。それに、本当はこのオルゴール……」

「ちょっと待てよ。それってどういう……」
 
 真那の言葉を遮り、慌てて口を開いた時だった。突然頭上から花火の音が響き渡り、辺り一面が光に飲み込まれた。
 瞬きをしたわずか一瞬の間に、時間を取り戻した世界の中で、俺の目の前からもう真那はいなくなっていた。

「……」
 
 花火のフィナーレを終え、歓声と活気が辺りを包み込む。
 そんな中で俺は、この世界から切り離されたかのように茫然としたまま突っ立っていた。そしてふと腕時計を見た時、肋骨の裏側で心臓が嫌な音を立てた。
 視線の先には、真那と再会してからまだ7分しか経っていないことを告げる文字盤の姿があった。