駅の改札を出ると、そこは人混みで溢れていた。赤やピンク、黄色や青など様々な色をした浴衣を着た人たちが行き交う姿は、まさに夏ならではの光景だ。
 俺はそんな景色に熱気を感じつつ、首筋に流れた汗を右手で拭うと出来るだけ人混みの隅の方を歩きながら進んでいく。
 天宮まつりには何度も訪れたことはあるが、一人で来たのはこれが初めてだった。
 別に誰か誘って一緒に来たとしてもオルゴールを鳴らせば時間は止まるので気にすることはないのだが、何となく、真那と会うのなら一人のほうがいいと思った。

「時間かかるな……」

 目の前に続く大行列を見つめながら俺は思わずぼそりと呟く。花火会場の河川敷までは普段なら駅から15分程度で着くのだが、この人の混み具合だとおそらく倍以上の時間がかかるだろう。
 そんなことを思い小さくため息をついた後、俺はチラリと周りを見回してみた。周囲にいる人たちはみんな楽しそうな表情を浮かべていて、誰もが祭り独特の雰囲気を味わっている。 
 友達同士で来ている人や仲睦まじげに手を繋いでいるカップル、それに小さな子供を連れた家族連れなど。ここにいる人たちはみな、今日という特別な日を記憶に刻む為に、大切な人たちと来ているのだ。

「……」

 そんなことを考えて、俺は再びため息をついた。無意識にズボンのポケットに入れた右手でオルゴールを握りしめるとぎゅっと力を込める。
 このオルゴールを使えば、俺は真那と会うことができる。
 でもそれはここに来ている人たちのように、未来へと続く思い出にはならない。彼らは明日も隣にいる大切な人たちと今日の出来事を共有することができるが、自分は違う。
 夢から覚めれば何もかもが消えてしまうのと一緒で、たとえ自分の心にだけ残っていたとしても、それを他の誰かと話すこともなければ、分かち合うこともできない。
 しばらく人混みに混じりながら歩いていると、前方にぼんやりと光が連なる屋台の列が見えてきた。
 天宮まつりでは花火と同じく屋台も有名で、三百店近いお店が川沿いにそってずらりと並ぶ。もちろんその分訪れる人の数もすごく、過去に友達同士で来た時も、何回かはぐれてしまったことがあったぐらいだ。まあ、今日に限ってはその心配もないのだけれど。
 椿からもらった腕時計を見ると、時刻はもう間もなく花火の開始時間である八時になろうとしていた。
 俺は歩く速度を早めると、屋台が並ぶ入り口に足を踏み入れて目的の場所まで向かっていく。このまま真っ直ぐ進んでいけば、途中で川辺へと繋がる階段が見えてきて、そこを降りればちょうど水面に花火が反射して綺麗に見えるベストスポットがあるのだ。
 天宮まつりの花火大会は二部構成となっており、最初のパートでは特にその反射効果を使った演出の花火が多く、真那は昔からそれが好きだとよく言っていた。