打ち合わせを終えた私は、和輝くんと一緒に再び自分たちの教室へと向かっていた。通り過ぎていく他の教室の前では、様々な学年の生徒たちが個性豊かな出し物の準備をすすめている。

「どこのクラスも結構準備が進んでるみたいだね」

 私はそんな言葉を呟くと、廊下に集まって楽しそうにペンキ塗りをしている生徒たちを見た。

「俺らも負けてられないな。それに、椿がデザインしてくれたカフェの制服も早く完成させたいし」

「はー……なんかそう言われたらすごくプレッシャーに感じちゃう。どうしよう、実物見るとすっごく変だったら……」

「はは、椿なら心配しなくても大丈夫だって。センスもあるし、今までの文化祭の中でも一番良いやつができるって」 

「そうかなぁ。ならいいんだけど……」
 
 自信たっぷりに宣言する和輝の言葉に、私は恥ずかしくなってつい下を向いてしまう。すると念押しといわんばかりに和輝くんが再び言った。

「絶対いけるって。椿のおかげで飲食部門の優秀賞も狙えそうだな」

「それは言い過ぎたよ。私の力なんて微々たるもんだし……。実際ここまで順調にこれてるのもクラスのみんなが協力してくれてるおかげだよ」

 そこまで話すと私は一呼吸置くように小さく深呼吸をした。そしてまだチクチクとする胸の痛みを感じながら、「だから……」とおずおずとした口調で口を開いた。

「たぶんさっきの歩、私が打ち合わせで抜けるから明日香たちの手伝いをしようとしてくれてたと思うの。歩、そういうことにはよく気付いてフォローしてくれるから」

「……」
 
 ぽつりぽつりと話し始めた私の言葉を、和輝くんは黙って聞いていた。目の前では他のクラスの生徒たちが、廊下に集まって大きな看板を作っている。

「歩ってね、ちっちゃな頃から何かあるとすぐに力になってくれてたんだ。私がよく迷子になったり、大切な玩具を無くしたりすると、いつも歩が助けてくれてた。お姉ちゃんと喧嘩した後、隠れてこっそり泣いてたりすると、いつの間にか隣に居てくれたりして……」

 私はそう言うと、過去の思い出を見つめるかのように目を細めた。脳裏に浮かぶのは、いつも自分の力になってくれる歩の姿。

「お姉ちゃんが亡くなった時も、私は大泣きしてたのに歩は全然泣かなかった。たぶん私のことを心配して、自分が悲しんでるところは見せなかったんだと思う。お通夜の時も、お葬式の時も……本当は歩の方が辛かったはずなのに。だって……たぶん歩は……」

 続く言葉を口にする前に、私はぎゅっと唇を噛んだ。もやもやと心の中に巣食うこの感情を言葉にしてしまうと、それはきっとナイフのような鋭さを持つだろう。それを素直に受けとめられるほど、自分の心はまだ大人にはなれない。
 そんなことを思っていた時、和輝くんからの返事がないことに気づいて、私はハッと我に戻った。

「ごめん和輝くん。私の話しばっかりしちゃって……」
 
 私が慌てた口調でそう言うと、「べつに大丈夫だよ」と和輝は優しく微笑んでくれた。その表情を見てほっと胸を撫で下ろした自分は、話題を変えようと彼に質問した。

「そう言えば和輝くんたちはもうすぐ夏の大会があるんだよね?」

「ああ、そうだよ。二年からもレギュラーが何人か選ばれるみたいで、真一のやつ『絶対に俺は選んで下さい!』ってキャプテンに猛アピールしてるからな」

 和輝くんはそう言うとため息をついてわざとらしく肩を落とした。それを見て私はクスリと笑う。

「なんか真一くんがそう言ってるのが想像できる。和輝くんはもちろん選ばれるんでしょ?」

「さあどうだろうな。こればっかりは監督と先輩たちに決めてもらうしかないからなー」

 そう言って和輝くんは考え込むように顎をさすった。私はそんな彼を見て、「和輝くんなら大丈夫だよ」と言葉を付け足す。すると彼は、「椿がそう言ってくれるなら嬉しいよ」と私の目を真っ直ぐに見つめて嬉しそうに言ってくれた。

「和輝くんみたいにずっとサッカー一筋で頑張ってるのって凄いよね。私なんて特に頑張って続けてるものとかないし、そういうのってなんか凄く憧れる」

「椿は中学の時、たしかテニス部だったよな?」

「うん。中学の間だけね。私テニス部でシングルだったから、チームでスポーツできるのってちょっと羨ましかったかも。ほら、和輝くんがシュート決めて歩とよくハイタッチしてたのとかも、一人だったらできないし」

「……そうだな」
 
 和輝くんの表情が一瞬曇ったことに気付いた私は、「あ、ごめん……」と小さな声で謝る。少し気まずい沈黙が流れたが、私はそんな空気に押し潰されないようにきゅっと拳を握ると、再びゆっくりと口を開く。

「もう、見れないのかな」

「え?」

「和輝くんと歩が一緒に頑張ってる姿……」

「……」
 
 私の言葉に、和輝くんは何も答えなかった。そんな彼の横顔をチラリと覗くと、和輝くんは目を細めながら、どこか遠い日の思い出を見つめるかのような表情を浮かべていた。