教室を出ると、自分たちと同じように文化祭の準備をしている他のクラスの生徒たちの姿が視界に映った。彼らも今日の作業は終わったのか、各々に片付けを始めている。
 俺はそんな人の群れの間を縫うようにして、家庭科室がある四階を目指した。階段を上っていると、腕の中で揺れる段ボールに思わず顔をしかめる。思った以上に重いな、これ。
 やっとの思いで四階まで辿り着くと、そのまま真っ直ぐ廊下を歩いていく。前方には『家庭科室』と記されたプレートがチラリと見えた。階段で足が疲れたのか、隣を見るといつの間にか椿と同じペースで自分も歩いていた。彼女はその小さな唇をぎゅっと結んだまま、頑張って段ボールを運んでいる。

「腕時計、付けてくれてるんだね」
 
 不意に隣から椿の声が聞こえてきて、俺は彼女の顔を見た。すると椿の唇が嬉しそうに弧を描いている。

「まあな」

「気に入ってくれた?」

「ああ。真一も羨ましがってた」
 
 その言葉を聞いた椿は「えっ?」と思わず目を丸くすると、何故か急に頬を真っ赤に染めた。

「もしかして、私がプレゼントしたって言ったの?」
 
 よっぽど動揺したのか、そんな言葉を口にした椿が持っていたダンボール箱がグラリと揺れた。俺は慌てて「危ないぞ」と声をかける。

「心配しなくても、べつに椿から貰ったなんて言ってないって」

「良かった……」
 
 椿は安堵するように、ふうと息を吐き出す。

「そういえば、制服の方は順調なのか?」

「うん! この前歩が選んでくれたデザイン画を和輝くんたちにも見せたら喜んでくれて。だから明日から作り始めるんだ」

 そう言って嬉しそうに顔を綻ばす椿に、俺も「そっか」と言って微笑む。とりあえず彼女の努力が報われたのなら良かった。そんなことを思っていたら、椿が大きな瞳をくるりと動かして俺の顔を見上げてきた。

「歩のおかげだね」
 
 椿はそう言うと白い歯を見せてニコリと笑う。窓から差し込む柔らかな陽光を浴びた彼女のそんな姿が、何故かやけに印象的だった。