その日の夜、俺は自分のベッドに腰を下ろすと、真那の手帳を開けてみた。勝手に拝借した上、中身を見ることに強い抵抗はあったが、それ以上に真那がやり残したことに少しでも力になりたいという気持ちのほうが勝った。

「……あった」
 
 ペラペラとページをめくっていくと、いつか見た時と同じあの文章が目に飛び込んできて、俺は手を止めた。そして、すぐに絶句する。

「初めてデートをする時は海で私が作った潜水艦に一緒に乗る……って、なんだよこれ!」
 
 自分しかいない部屋で、俺は思わず叫んでしまった。どうやら海に行きたいという願望には続きがあったようで、しかもそれは願望というより、もはや真那の妄想だった。

「真那のやつ……とんでもないことばっかり書いてるな」
 
 俺は呆れた口調でそんな言葉を漏らすと、手帳に記された真那のやりたかったことを目で追っていく。が、読めば読むほどそれらはあまりにも現実離れした妄想だった。

『彼氏と一緒にスカイダイビングをして、その様子を私が作ったドローンで撮影する!』

『キャンプに行った時はタイマー付きキャンプファイヤーを作って朝まで語る!』

『水族館に一緒に行く時は、ウミガメ型の浮き輪を作って間近でイルカショーを堪能する!』

「…………」
 
 真那が手書きで残した願望の数々を見つめながら、俺はもはや石像のように固まっていた。というより、こんな突拍子もない願いを叶えてくれる男がこの世に存在するのかをまず知りたい。

「なんかこう……もっとまともなことは書いてないのかよ」
 
 俺はそんな言葉を呟きながら、手帳のページをくまなく見ていく。おそらく真那のことなので、普通の女子高生が望むようなことを書いていないと思っていたが、これは予想以上だ。
 結局手帳を三回も読み返した結果、荒唐無稽なことばかりしか書かれていないと思っていた真那の願望の中にも、まだ実現できそうなものがあることがわかった。
 たとえば『部屋で二人っきりでまったりする!』というのは彼女にしては珍しく普通の内容だったし、『特大花火を一緒に掴まえる!』というのは、花火が上がって咲き誇った瞬間を一緒に見るという意味で解釈すれば何とかなる。
 だが中には、『もう一度桜の木の下で、空の窓を見上げる!』ともはや謎謎のようなどう解釈していいのかわからないことも書かれていた。

「とりあえずまず出来そうなことはこんなところか……」
 
 いくつか実現できそうなことをピックアップした俺は真那の手帳を閉じると、疲れ切った頭を休めようとベッドに背中から倒れた。まさか真那がやりたかったことを実現するよりも、実現できそうなことを探すことに疲れてしまうなんて。
 俺はそんなことを思うと、思わず大きなため息をつく。内容が内容だけに、一体自分がどこまで実現できるのかわからないけれど、これはもう出来ることから始めていくしかない。

「あとは……」
 
 俺はベッドに仰向けになったまま、視線だけチラリと机の方へと向ける。そこにあるのは真那からもらったあのオルゴール。俺と一緒に海に落ちてしまったけれど、見た目にはこれといって変化がない。

「ちゃんと次も鳴るよな……」
 
 そんな言葉を無意識に呟いた俺は、不安を抑え込むようにゴクリと唾を飲み込む。これがただの杞憂で終わるのかどうかがわかるのは、一週間後だ。