シャワーを浴び終わって再び脱衣所に出ると、締め切った仕切りの向こうからちょうど椿の声が聞こえてきた。
「洗濯機の上にお父さんの服置いてるから、それ着といて」
「ああ……悪いな、用意してもらって」
ぎこちない口調でそんな言葉を返せば、「別にいいよ」と椿の明るい声が仕切りの向こうから聞こえてきた。と、思いきやその後に一瞬妙な沈黙があった後、椿がすっと小さく息を吸い込む。
「あと……歩のパンツも乾かしてるからお父さんの使っといてね」
「え?」
それはほとんど「げッ」に近い声だった。慌てて洗濯機の上を見ると綺麗に畳まれているTシャツと短パンの上に、やたらと目立つ赤いチェック柄のトランクスが置かれているではないか。
……意外とおじさん派手なパンツ履いてるんだな、と一瞬どうでもいいことを考えるも、すぐに思考はクラスメイトの女子に自分のパンツを洗ってもらったという事実に向けられてしまい、俺は思わず顔を熱くしてしまう。そのせいか、「わかった」と返事をしたものの、その声は思いっきり裏返ってしまった。
「それじゃあ着替え終わったらリビングで待ってるから」
椿はそう言うと先にリビングに向かったのか、軽快な足取りで脱衣所の前から離れていった。俺はその足音を聞きながら、思わずほっと息を吐き出す。自分の妹にパンツを洗ってもらったなんてことを真那が知ったら、彼女は一体どんな顔をするのだろう。
俺はそんなことを思いながら、椿が用意してくれた服を身体に通した。
椿の父親の服に着替え終えて廊下に出ると、ひんやりとした涼しい風が首筋を撫でた。どうやら椿がクーラーを入れてくれたみたいだ。
そのまま廊下を進んでリビングに入ると、今度はどこからともなく甘い香りが漂っていることに気づく。するとキッチンで電子レンジと睨めっこしていた椿が、俺がリビングに入ってきたことに気づいた。
「ちょっとサイズ大きかったかな」
そんなことを呟きながら近づいてきた椿は、俺が着ている服をじーっと見る。そして何故かぷっと小さく吹き出した。
「なんか歩が私のお父さんの服着てるって変な感じだね」
「…………」
そんなこと言われても、俺はどんな返事をすればいいんだよ。
思わず返答に困ってしまった俺は、眉根を寄せたまま押し黙る。するとクスクスと笑っていた椿が口を開いた。
「歩の服、今乾燥機にかけてるからもう少ししたら乾くと思う」
「あ、ああ……」
再びぎこちない口調で返事をすると、椿はクスっと微笑んだ後にキッチンの方へと戻っていく。そしてピピっと電子音が聞こえると、彼女は電子レンジの扉を開けて中からクリーム色をした丸皿を取り出した。見るとその皿の上には、いかにも甘そうなクッキーが乗っている。
「このショコラクッキー、レンジでちょっと温めると美味しいんだ。歩も食べてみて」
はい、と椿はクッキーの乗った丸皿をテーブルの上へと置いた。俺は甘いものが苦手で普段滅多にお菓子を食べることはないのだが、断るわけにもいかないのでクッキーを一つ掴むと口へと運ぶ。
「……ほんとだ、うまい」
見た目に反して甘過ぎず少しビターな味がするクッキーは、溶けるように喉の奥へと消えていった。「でしょ!」と言って椿も一つ口へと運ぶ。
「お母さんがこの前買ってきてくれたんだけど、これだったら甘いものが苦手な歩でも食べれるかなって思ったんだ」
そう言って椿は嬉しそうにニコリと笑う。人の好みに無頓着な真那と違って、彼女はこういう部分によく気づく。
「今度お母さんにどこのお店で売ってるのか聞いてみるね」
椿はそう言うと残ったクッキーが乗ったお皿を持ち、リビングを出ようとする。
「どこ行くんだよ?」
「わたしの部屋だよ。ほら、歩にもカフェの制服のデザイン見てもらうってさっき話したでしょ?」
「ああ……」と俺は気まずい声を漏らす。たしかに家にくる途中でそんな話しはしたが、俺が見たところで何も良いアドバイスなんてできないし、何より椿の部屋に入ることに抵抗がある。
けれど俺の心境など一切知らない椿は軽快な足取りでリビングから一歩出ると、「どうしたの?」と突っ立ったまま固まっている俺の方を振り向いて言ってきた。
俺はバレない程度に小さくため息をつくと、そんな彼女の後を追う。
「洗濯機の上にお父さんの服置いてるから、それ着といて」
「ああ……悪いな、用意してもらって」
ぎこちない口調でそんな言葉を返せば、「別にいいよ」と椿の明るい声が仕切りの向こうから聞こえてきた。と、思いきやその後に一瞬妙な沈黙があった後、椿がすっと小さく息を吸い込む。
「あと……歩のパンツも乾かしてるからお父さんの使っといてね」
「え?」
それはほとんど「げッ」に近い声だった。慌てて洗濯機の上を見ると綺麗に畳まれているTシャツと短パンの上に、やたらと目立つ赤いチェック柄のトランクスが置かれているではないか。
……意外とおじさん派手なパンツ履いてるんだな、と一瞬どうでもいいことを考えるも、すぐに思考はクラスメイトの女子に自分のパンツを洗ってもらったという事実に向けられてしまい、俺は思わず顔を熱くしてしまう。そのせいか、「わかった」と返事をしたものの、その声は思いっきり裏返ってしまった。
「それじゃあ着替え終わったらリビングで待ってるから」
椿はそう言うと先にリビングに向かったのか、軽快な足取りで脱衣所の前から離れていった。俺はその足音を聞きながら、思わずほっと息を吐き出す。自分の妹にパンツを洗ってもらったなんてことを真那が知ったら、彼女は一体どんな顔をするのだろう。
俺はそんなことを思いながら、椿が用意してくれた服を身体に通した。
椿の父親の服に着替え終えて廊下に出ると、ひんやりとした涼しい風が首筋を撫でた。どうやら椿がクーラーを入れてくれたみたいだ。
そのまま廊下を進んでリビングに入ると、今度はどこからともなく甘い香りが漂っていることに気づく。するとキッチンで電子レンジと睨めっこしていた椿が、俺がリビングに入ってきたことに気づいた。
「ちょっとサイズ大きかったかな」
そんなことを呟きながら近づいてきた椿は、俺が着ている服をじーっと見る。そして何故かぷっと小さく吹き出した。
「なんか歩が私のお父さんの服着てるって変な感じだね」
「…………」
そんなこと言われても、俺はどんな返事をすればいいんだよ。
思わず返答に困ってしまった俺は、眉根を寄せたまま押し黙る。するとクスクスと笑っていた椿が口を開いた。
「歩の服、今乾燥機にかけてるからもう少ししたら乾くと思う」
「あ、ああ……」
再びぎこちない口調で返事をすると、椿はクスっと微笑んだ後にキッチンの方へと戻っていく。そしてピピっと電子音が聞こえると、彼女は電子レンジの扉を開けて中からクリーム色をした丸皿を取り出した。見るとその皿の上には、いかにも甘そうなクッキーが乗っている。
「このショコラクッキー、レンジでちょっと温めると美味しいんだ。歩も食べてみて」
はい、と椿はクッキーの乗った丸皿をテーブルの上へと置いた。俺は甘いものが苦手で普段滅多にお菓子を食べることはないのだが、断るわけにもいかないのでクッキーを一つ掴むと口へと運ぶ。
「……ほんとだ、うまい」
見た目に反して甘過ぎず少しビターな味がするクッキーは、溶けるように喉の奥へと消えていった。「でしょ!」と言って椿も一つ口へと運ぶ。
「お母さんがこの前買ってきてくれたんだけど、これだったら甘いものが苦手な歩でも食べれるかなって思ったんだ」
そう言って椿は嬉しそうにニコリと笑う。人の好みに無頓着な真那と違って、彼女はこういう部分によく気づく。
「今度お母さんにどこのお店で売ってるのか聞いてみるね」
椿はそう言うと残ったクッキーが乗ったお皿を持ち、リビングを出ようとする。
「どこ行くんだよ?」
「わたしの部屋だよ。ほら、歩にもカフェの制服のデザイン見てもらうってさっき話したでしょ?」
「ああ……」と俺は気まずい声を漏らす。たしかに家にくる途中でそんな話しはしたが、俺が見たところで何も良いアドバイスなんてできないし、何より椿の部屋に入ることに抵抗がある。
けれど俺の心境など一切知らない椿は軽快な足取りでリビングから一歩出ると、「どうしたの?」と突っ立ったまま固まっている俺の方を振り向いて言ってきた。
俺はバレない程度に小さくため息をつくと、そんな彼女の後を追う。