何の狂いもなく、寄り道もなく、俺と椿を乗せた自転車は予定通り彼女の家の前へと辿り着いた。
真那とよく公園で話していた時はこの家の屋根を何度も見ていたが、実際に中に入ったことがあるのは幼稚園か小学生の頃ぐらいに何度かあるだけで、随分と久しぶりだ。
「えーと、鍵は……」
自転車をガレージの隣に止めた椿はショルダーバッグの中をがさごそと漁りながら、玄関扉の前で突っ立っている俺の方へとやってくる。いくら姉妹そろって幼なじみだとはいえ、いざ女子の家に上がるとなると情けない話し、かなり緊張していた。
俺はそんな気持ちを誤魔化すように一つ咳払いをする。
「俺の服を乾かすっていっても、そんなの椿のおばちゃんに迷惑じゃないのか?」
「大丈夫だよ。今はお父さんもお母さんも出掛けてていないから」
逃げる言い訳のつもりで口にした言葉は、椿の笑顔と言葉によってすぐにかき消されてしまった。というより、誰もいない時に男の俺がお邪魔して本当にいいのか?
そんな余計なことを考えてますまする不安になる俺の前で、椿はガチャンと扉を開けると「ほら、入って」と俺を中へと案内する。
「お……お邪魔します」
普段椿の前でぎこちない口調になることはあまりないのだが、このシチュエーションではさすがにそうもいかないらしい。俺はゴクリと唾を飲み込むと、椿よりも先に彼女の家へと足を入れる。
「……」
広い玄関へと一歩足を踏み入れると、何かアロマでもたいているのか、柑橘系のさっぱりとした香りが鼻腔の奥を撫でた。その次に気付いたのは靴箱の上に飾られている色とりどりの生花で、その横には小さな絵も置かれていた。
視界に入ってくるものはどれもこれも綺麗に整理されていて、自分の家とのギャップを否が応でも感じてしまう。
「ちょっと待ってて」
俺の後に玄関へと入ってきた椿はそう言うと靴を脱ぎ捨てて廊下へと上がり、そのまま奥へと消えていく。そしてすぐに戻ってきたかと思うと、「はい」と言って白いタオルを渡してきた。
「とりあえずこれで濡れてるところ拭いといて。歩がシャワー浴びてる間に服乾かしておくから」
「は?」
唐突に椿の口から飛び出してきた言葉に、俺は思わず目を丸くした。
「だって服着たままだと乾かせないでしょ。それに海に落ちたんだったら体もちゃんと洗っといた方がいいよ」
「……」
どうやら椿の中で、俺は海に落ちたことになっているらしい……って、いやそんなことよりも、服を乾かすだけならまだしもさすがにシャワーはマズイだろ。
「おい椿……」と口を開くも、「ほら早く上がって」と彼女の声で遮られてしまい、俺は思わず続く言葉を飲み込んでしまう。そして代わりにため息だけ吐き出すと、右手に持っていたタオルで髪の毛や手足など濡れている箇所を大雑把に拭いて廊下へと上がった。
椿はそんな俺を見てニコリと微笑むと、「こっちだよ」と言って脱衣所を案内する。
「脱いだ服はそのカゴの中に入れといて。あとバスタオルはそこの引き出しの中にあるから」
手際良く説明をしてくれる椿。だが、俺は肝心なことに気付いて慌てて口を開く。
「ってか服を乾かしてくれてる間、俺は何着とけばいいんだよ?」
当たり前だが、代わりの着替えなんて持っていない。まさか椿がいる前で裸のまま過ごすわけにもいかないので、ここはやっぱり自分の家に帰ったほうがベストのような気が……
と、そんな正論を口にしようとした時、再び椿がニコリと笑う。
「お父さんの服があるから心配しなくても大丈夫だよ」
「マジかよ……」
余計に心配になった。見ず知らず、というわけではないけれど、それでも娘が男の友人に服を貸したと知れば、おじさんはどういう顔をするのだろう?
そんなことを眉間に皺を寄せたまま考えていると、「それじゃあ歩の服、用意しておくね」と言って椿は脱衣所から出ると仕切りをしめてしまう。
「……」
牢屋に閉じ込められた囚人さながら、抵抗する気力を一切失ってしまった俺は、はあと盛大なため息を吐き出すと、しぶしぶ服を脱ぎ始める。そして椿の指示通り、脱ぎ捨てた服をカゴの中に入れると風呂場へと足を踏み入れた。
「何やってんだろ、俺……」
風呂場の鏡に映る自分の姿を見つめながら、俺は思わずそんな言葉をボヤく。そして自分の情けない失敗もろとも洗い流すかのようにシャワーを浴びた。
海水と砂まみれになっていた身体に熱いシャワーは心地よく、思った以上に心身共にスッキリすることができた。
真那とよく公園で話していた時はこの家の屋根を何度も見ていたが、実際に中に入ったことがあるのは幼稚園か小学生の頃ぐらいに何度かあるだけで、随分と久しぶりだ。
「えーと、鍵は……」
自転車をガレージの隣に止めた椿はショルダーバッグの中をがさごそと漁りながら、玄関扉の前で突っ立っている俺の方へとやってくる。いくら姉妹そろって幼なじみだとはいえ、いざ女子の家に上がるとなると情けない話し、かなり緊張していた。
俺はそんな気持ちを誤魔化すように一つ咳払いをする。
「俺の服を乾かすっていっても、そんなの椿のおばちゃんに迷惑じゃないのか?」
「大丈夫だよ。今はお父さんもお母さんも出掛けてていないから」
逃げる言い訳のつもりで口にした言葉は、椿の笑顔と言葉によってすぐにかき消されてしまった。というより、誰もいない時に男の俺がお邪魔して本当にいいのか?
そんな余計なことを考えてますまする不安になる俺の前で、椿はガチャンと扉を開けると「ほら、入って」と俺を中へと案内する。
「お……お邪魔します」
普段椿の前でぎこちない口調になることはあまりないのだが、このシチュエーションではさすがにそうもいかないらしい。俺はゴクリと唾を飲み込むと、椿よりも先に彼女の家へと足を入れる。
「……」
広い玄関へと一歩足を踏み入れると、何かアロマでもたいているのか、柑橘系のさっぱりとした香りが鼻腔の奥を撫でた。その次に気付いたのは靴箱の上に飾られている色とりどりの生花で、その横には小さな絵も置かれていた。
視界に入ってくるものはどれもこれも綺麗に整理されていて、自分の家とのギャップを否が応でも感じてしまう。
「ちょっと待ってて」
俺の後に玄関へと入ってきた椿はそう言うと靴を脱ぎ捨てて廊下へと上がり、そのまま奥へと消えていく。そしてすぐに戻ってきたかと思うと、「はい」と言って白いタオルを渡してきた。
「とりあえずこれで濡れてるところ拭いといて。歩がシャワー浴びてる間に服乾かしておくから」
「は?」
唐突に椿の口から飛び出してきた言葉に、俺は思わず目を丸くした。
「だって服着たままだと乾かせないでしょ。それに海に落ちたんだったら体もちゃんと洗っといた方がいいよ」
「……」
どうやら椿の中で、俺は海に落ちたことになっているらしい……って、いやそんなことよりも、服を乾かすだけならまだしもさすがにシャワーはマズイだろ。
「おい椿……」と口を開くも、「ほら早く上がって」と彼女の声で遮られてしまい、俺は思わず続く言葉を飲み込んでしまう。そして代わりにため息だけ吐き出すと、右手に持っていたタオルで髪の毛や手足など濡れている箇所を大雑把に拭いて廊下へと上がった。
椿はそんな俺を見てニコリと微笑むと、「こっちだよ」と言って脱衣所を案内する。
「脱いだ服はそのカゴの中に入れといて。あとバスタオルはそこの引き出しの中にあるから」
手際良く説明をしてくれる椿。だが、俺は肝心なことに気付いて慌てて口を開く。
「ってか服を乾かしてくれてる間、俺は何着とけばいいんだよ?」
当たり前だが、代わりの着替えなんて持っていない。まさか椿がいる前で裸のまま過ごすわけにもいかないので、ここはやっぱり自分の家に帰ったほうがベストのような気が……
と、そんな正論を口にしようとした時、再び椿がニコリと笑う。
「お父さんの服があるから心配しなくても大丈夫だよ」
「マジかよ……」
余計に心配になった。見ず知らず、というわけではないけれど、それでも娘が男の友人に服を貸したと知れば、おじさんはどういう顔をするのだろう?
そんなことを眉間に皺を寄せたまま考えていると、「それじゃあ歩の服、用意しておくね」と言って椿は脱衣所から出ると仕切りをしめてしまう。
「……」
牢屋に閉じ込められた囚人さながら、抵抗する気力を一切失ってしまった俺は、はあと盛大なため息を吐き出すと、しぶしぶ服を脱ぎ始める。そして椿の指示通り、脱ぎ捨てた服をカゴの中に入れると風呂場へと足を踏み入れた。
「何やってんだろ、俺……」
風呂場の鏡に映る自分の姿を見つめながら、俺は思わずそんな言葉をボヤく。そして自分の情けない失敗もろとも洗い流すかのようにシャワーを浴びた。
海水と砂まみれになっていた身体に熱いシャワーは心地よく、思った以上に心身共にスッキリすることができた。