「おっかしいなー、今回は上手く完成したと思ったんだけどなぁ」
 
 夕暮れが街の景色を赤く輝かせる中、ジャングルジムに背中を預けながら真那が残念そうに呟く。その姿は、やっと本来のブレザー姿に戻っている。

「あのな……俺で試す前に自分で試せよ」
 
 俺は呆れた口調でそう言い返すと、わざとらしく右手で左手の甲をさすった。なんだか、正座し過ぎた時みたいにまだピリピリしている。
 そんな俺を見て、真那は「てへッ」という表現がピッタリと似合う少し申し訳なさそうな表情を浮かべたかと思うと、ピッと小さく舌を突き出す。

「ごめん! 今度は絶対に成功させるから」

「なんで俺で試すことが前提になってんだよ……」
 
 再び呆れた口調でそんなことを呟いた俺は、彼女の隣に並んで同じようにジャングルジムにもたれかかった。視界の右隅では、真那の少し茶色味がかった髪が夕陽と混じり合ってほのかに朱色に輝いている。
 そのまま視線を左に向ければそんな彼女の家の屋根がチラリと見えるし、真後ろの先にあるのは俺の家。ちょうどこの公園は自分たちの家の真ん中ぐらいにあって、真那が帰る時はいつもここまで送ることにしていた。
「近いから別にいいよ」と彼女はいつも言うのだが、幼い頃から続けてきたので、今となっては自分の日常の一部になっていた。
 それは義務というより、もっと別の感情からくるものだということを最近になってようやく気づいたのだが、残念ながらそれを本人に伝えることができるほど、心の準備はまだ出来ていない。
 翼を広げて山へと帰っていく鳥たちをぼんやりと見つめていると、隣から上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。もう何十回と聞いたことのあるそのメロディは、彼女が昔祖父から教えてもらったお気に入りの曲なのだそうだ。
 いつものように真那の鼻歌を聞きながら街の景色を眺めていると、今度はクスクスと笑う声が聞こえてきた。

「なんかやっと様になってきたね、それ」
 
 そう言って真那は人差し指の先っぽを俺が着ている学ランへと向けてきた。そのほっそりとした指先がさっきまでドリルを握っていたなんて、一体誰が想像できるだろうか。

「それ……褒めてんの?」

「褒めてるよ! なんか歩もちょっとは逞しくなったんだなーって」

「……」
 
 どう捉えていいのかわからない言葉に、俺は真那から視線を逸らすとぽりぽりと頬をかく。妙に顔が熱い気がするのは、きっとこの夕陽のせいだろう。

「もう歩も高校生だもんねー。なんか不思議な感じ」

「俺は女子高生が趣味で作業着を着てる方がよっぽど不思議だと思うけどな」

「えー、そんなことないよ。ぜったい他にもいるって」

「聞いたことないって、そんな人」

 呆れた口調で言葉を返すと、「そうかなー」と真那は一人ぼやく。

「日本中探せばあと一人ぐらいは仲間がいると思うんだけどなぁ」

「仲間って……。あんなに嬉しそうにドリル持ってる女子高生が他にもいたら怖いだろ」
 
 俺の反論にてっきり彼女は拗ねるだろうと思ったのだが、予想に反して真那は「あッ」と何か思い出したように声を漏らしたかと思うと、今度は何故か嬉しそうに口を開く。

「今作ってるのはもっと凄いんだよ! なんたって『全自動型ホワイトボード』だからね」

「何だよその変なホワイトボード……」
 
 いかにも怪しい名前に俺がぎゅっと眉間に皺を寄せるも、そんな自分の表情など一切気にせず真那は嬉しそうに説明を始める。それはつまるところ、書きたいことを声にすれば自動的に書いてくれるホワイトボードらしい。

「あとねー、他にも色々と開発中なの。ラーメンが美味しくできるようにお湯を注いでくれる電気ケトルに、指先をマッサージしてくれるネズミ型のマウスでしょ。あ、それと歌うと充電できるスマホの充電器とか!」

「だから何だよその変な発明品たちは……」

 相変わらず奇想天外な彼女の発明に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。けれど相手はすでにスイッチが入ってしまったようで、興奮気味に話しを続ける。

「もちろんこれだけじゃないんだから! なんたって作りたい物のアイデアはもう100個以上もあるからね。見て見て、これ凄いでしょ⁉︎」
 
 嬉しそうにそんなことを言ってきた相手は、ブレザーのポケットから小さな赤い手帳を取り出すと、ペラペラとページをめくりながら俺に見せてきた。俺は珍しい動物でも見つけたかのようにそっとそれを両手で受け取ると中身を覗いて見る。

「……ほんとよく色んなこと思いつくよな」
 
 手帳のページに記された謎の手描きの図面や暗号みたいな文字を見つめながら俺はぼそりと呟いた。別に褒めたつもりは一切なかったのだけれど、隣からは嬉しそうな声が返ってくるではないか。

「そりゃ何たって未来の発明王だもん! 私に作れないものなんてない!」

 そう言って真那は自分の胸元を右手でポンと叩いた。彼女の気持ちを表すかのように、青いリボンが楽しげに揺れる。

「そこまで夢中になれるってある意味凄いよ……」