「げほ、ゴホっ……」
まるで海の遭難者にでもなったかのような気分で、俺は砂浜へと再び足を下ろした。
幸い砂浜からそこまで離れてはいなかったので、何とか泳いで戻ってくることはできたものの、もちろん全身はずぶ濡れ。おまけに頭の上には海藻が引っ付いていて、側からみれば相当情けない姿になっている。
「最悪だ……」
俺は頭の上にへばりついていた海藻を右手で払い除けると、今度は着ているTシャツを両手で思いっきり絞りながら、重い足取りで堤防へと向かっていく。こういう事態も起こり得るなら、今度からはオルゴールを鳴らす場所は気をつけなければいけない。
「そうだオルゴール……」
はたと肝心なことに気付き、俺は慌ててズボンのポケットに手を入れる。するとすぐに指先に硬いものが当たった。良かった。海の中で落としたりはしていなかったようだ。……が、
「まさか、故障とかしてないだろうな……」
防水加工なんてされていないであろうオルゴールは、自分と同じようにずぶ濡れになっている。これで故障でもして真那と会えなくなってしまうという展開だけは、マジで勘弁してほしい。
俺はそんなことを思いながらポケットからオルゴールを取り出すと、慌ててそれを開けようとした。が、オルゴールに右手の指先が触れそうになった瞬間、突然頭上から声が聞こえた。
「歩……こんなところで何してるの?」
戸惑うようなその声に、俺はハッとして堤防の上を見上げる。するとそこには、自転車に乗ったままこちらを見下ろす椿の姿。真那に似たその瞳には、「怪しい」といわんばかりの色が滲んでいた。
「え、いやその……」
俺は慌てて口を開くも、続く言葉が出てこない。まさかこんなタイミングで椿と出会ってしまうなんて
「ちょ、ちょっと暑かったら海に入ろうと思って……」
はは、と貼り付けたようなぎこちない笑みを浮かべて、俺は頭をかきながら答えた。すると椿はますます目を細めて、俺の顔を見つめる。
「……釣りじゃなかったの?」
「え?」
椿の言葉に、思わず頭をかいていた手が止まった。そうだ俺、たしか釣りに行く予定にしてんだっけ。
釣竿は? と立て続けに痛いところを突かれてしまい、俺は完全に押し黙ってしまう。椿もそんな俺を見て黙っていたが、何やら小さくため息をついたかと思うと、自転車を止めて堤防の階段を降りてきた。
「ちょっと歩、髪の毛まで濡れてるよ。ほんとにこのまま海に入ったの?」
「……ああ」
目の前までやってきた椿は、驚いているのかそれとも呆れ返っているのか、目を丸くしたまま俺の全身を上から下まで何度も見る。俺自身、海にはもともと来るつもりだったが、入るつもりなどまったくなかった。
思わず「へっくしょん!」と大きなクシャミをすると、椿が心配そうに眉尻を下げる。
「服もびしょびしょだし……このままだと風邪引いちゃうよ」
「大丈夫だって。帰る頃には乾いてるから」
「ダメだよそんなの。私の家の方が近いから、ちゃんと乾かしてから帰りなよ」
「えっ?」
相手はもうそのつもりなのか、椿はくるりと背を向けると堤防の階段を上がり自転車へと向かっていく。
「いいってそんなの! それに俺ん家もお前ん家もそんなに距離変わらないだろ」
砂浜から堤防を見上げてそんなことを叫べば、椿はきりっとした鋭い視線を向けてきた。
「ダメだって。それにそんな格好で帰ったら歩のお母さんもびっくりするでしょ?」
珍しく強い口調の彼女に、俺は思わず口を噤んだ。真那に似て、椿も頑固なところは譲らないのだ。
こうなってしまうと諦めるしかないと悟った俺は、肩を落としてため息をついた後、「わかったって……」とぼそりと呟き階段の方へと向かう。
なんでこんなことになったんだよ……
自分自身に呆れながら階段を登りきると、まるで子を待つ親のような顔つきで椿が待ち構えていた。そして「ほら早く乗って」と言って彼女は自転車に跨ると荷台の方を向けてくる。
「……なんで俺が後ろなんだよ」
「だって歩ズボンもびしょびしょだしサドル濡れちゃうでしょ。それにこれ電動自転車だから歩が後ろでも大丈夫だよ」
「いやそういうことじゃなくて……」
ただでさえ海に落ちて情けない姿をしているのに、それでいて椿に自転車を漕いでもらうというのは気が引ける。が、もちろんそんなことを言ったところで立場が変わりそうにはないので、俺はまたも小さくため息を吐き出すと、黙ったまま椿の後ろへと乗る。すると頬を撫でる潮風と一緒に、彼女の柔らかな甘い香りが鼻先をかすめた。
「じゃあ行くよ」
椿はそう言うと自転車のペダルを漕ぎ始めた。電気の力を使ったそれは、荷台に俺が乗っていても何の苦もなく快適に進んでいく。
「そういや今日はみんなでカフェに行くんじゃなかったのか?」
髪をなびかせながら前に座っている椿に向かって俺は尋ねた。
「うん! もう行ってきたよ。その帰りにちょっとおじいちゃんの所に寄ってたの」
椿はそう言って俺の方をチラリと振り返ると微笑んだ。
「カフェの制服の方はなんか良いアイデア浮かんだのか?」
「うーん……何枚か書いてはみたんだけど、どうだろ」
そう言って彼女は小さく肩を落とす。その様子を見る限り、あまり自信がないのだろう。
「締め切り明後日までなんだろ?」
「うん、そうなの。あとで描いたやつ歩にも見せるから感想聞かせて」
「げっ、まじかよ……」
「だって男子の好きそうなデザインってあんまりわからないんだもん」
椿はそんな言葉を呟くと、今度は不安げな表情で俺のことを見てきた。
ファッションなんてそんなに興味のない自分が見たところで椿の力になれるのかどうかわからかいけれど、とりあえず俺は「わかったよ」とぼそりと呟いておいた。
まるで海の遭難者にでもなったかのような気分で、俺は砂浜へと再び足を下ろした。
幸い砂浜からそこまで離れてはいなかったので、何とか泳いで戻ってくることはできたものの、もちろん全身はずぶ濡れ。おまけに頭の上には海藻が引っ付いていて、側からみれば相当情けない姿になっている。
「最悪だ……」
俺は頭の上にへばりついていた海藻を右手で払い除けると、今度は着ているTシャツを両手で思いっきり絞りながら、重い足取りで堤防へと向かっていく。こういう事態も起こり得るなら、今度からはオルゴールを鳴らす場所は気をつけなければいけない。
「そうだオルゴール……」
はたと肝心なことに気付き、俺は慌ててズボンのポケットに手を入れる。するとすぐに指先に硬いものが当たった。良かった。海の中で落としたりはしていなかったようだ。……が、
「まさか、故障とかしてないだろうな……」
防水加工なんてされていないであろうオルゴールは、自分と同じようにずぶ濡れになっている。これで故障でもして真那と会えなくなってしまうという展開だけは、マジで勘弁してほしい。
俺はそんなことを思いながらポケットからオルゴールを取り出すと、慌ててそれを開けようとした。が、オルゴールに右手の指先が触れそうになった瞬間、突然頭上から声が聞こえた。
「歩……こんなところで何してるの?」
戸惑うようなその声に、俺はハッとして堤防の上を見上げる。するとそこには、自転車に乗ったままこちらを見下ろす椿の姿。真那に似たその瞳には、「怪しい」といわんばかりの色が滲んでいた。
「え、いやその……」
俺は慌てて口を開くも、続く言葉が出てこない。まさかこんなタイミングで椿と出会ってしまうなんて
「ちょ、ちょっと暑かったら海に入ろうと思って……」
はは、と貼り付けたようなぎこちない笑みを浮かべて、俺は頭をかきながら答えた。すると椿はますます目を細めて、俺の顔を見つめる。
「……釣りじゃなかったの?」
「え?」
椿の言葉に、思わず頭をかいていた手が止まった。そうだ俺、たしか釣りに行く予定にしてんだっけ。
釣竿は? と立て続けに痛いところを突かれてしまい、俺は完全に押し黙ってしまう。椿もそんな俺を見て黙っていたが、何やら小さくため息をついたかと思うと、自転車を止めて堤防の階段を降りてきた。
「ちょっと歩、髪の毛まで濡れてるよ。ほんとにこのまま海に入ったの?」
「……ああ」
目の前までやってきた椿は、驚いているのかそれとも呆れ返っているのか、目を丸くしたまま俺の全身を上から下まで何度も見る。俺自身、海にはもともと来るつもりだったが、入るつもりなどまったくなかった。
思わず「へっくしょん!」と大きなクシャミをすると、椿が心配そうに眉尻を下げる。
「服もびしょびしょだし……このままだと風邪引いちゃうよ」
「大丈夫だって。帰る頃には乾いてるから」
「ダメだよそんなの。私の家の方が近いから、ちゃんと乾かしてから帰りなよ」
「えっ?」
相手はもうそのつもりなのか、椿はくるりと背を向けると堤防の階段を上がり自転車へと向かっていく。
「いいってそんなの! それに俺ん家もお前ん家もそんなに距離変わらないだろ」
砂浜から堤防を見上げてそんなことを叫べば、椿はきりっとした鋭い視線を向けてきた。
「ダメだって。それにそんな格好で帰ったら歩のお母さんもびっくりするでしょ?」
珍しく強い口調の彼女に、俺は思わず口を噤んだ。真那に似て、椿も頑固なところは譲らないのだ。
こうなってしまうと諦めるしかないと悟った俺は、肩を落としてため息をついた後、「わかったって……」とぼそりと呟き階段の方へと向かう。
なんでこんなことになったんだよ……
自分自身に呆れながら階段を登りきると、まるで子を待つ親のような顔つきで椿が待ち構えていた。そして「ほら早く乗って」と言って彼女は自転車に跨ると荷台の方を向けてくる。
「……なんで俺が後ろなんだよ」
「だって歩ズボンもびしょびしょだしサドル濡れちゃうでしょ。それにこれ電動自転車だから歩が後ろでも大丈夫だよ」
「いやそういうことじゃなくて……」
ただでさえ海に落ちて情けない姿をしているのに、それでいて椿に自転車を漕いでもらうというのは気が引ける。が、もちろんそんなことを言ったところで立場が変わりそうにはないので、俺はまたも小さくため息を吐き出すと、黙ったまま椿の後ろへと乗る。すると頬を撫でる潮風と一緒に、彼女の柔らかな甘い香りが鼻先をかすめた。
「じゃあ行くよ」
椿はそう言うと自転車のペダルを漕ぎ始めた。電気の力を使ったそれは、荷台に俺が乗っていても何の苦もなく快適に進んでいく。
「そういや今日はみんなでカフェに行くんじゃなかったのか?」
髪をなびかせながら前に座っている椿に向かって俺は尋ねた。
「うん! もう行ってきたよ。その帰りにちょっとおじいちゃんの所に寄ってたの」
椿はそう言って俺の方をチラリと振り返ると微笑んだ。
「カフェの制服の方はなんか良いアイデア浮かんだのか?」
「うーん……何枚か書いてはみたんだけど、どうだろ」
そう言って彼女は小さく肩を落とす。その様子を見る限り、あまり自信がないのだろう。
「締め切り明後日までなんだろ?」
「うん、そうなの。あとで描いたやつ歩にも見せるから感想聞かせて」
「げっ、まじかよ……」
「だって男子の好きそうなデザインってあんまりわからないんだもん」
椿はそんな言葉を呟くと、今度は不安げな表情で俺のことを見てきた。
ファッションなんてそんなに興味のない自分が見たところで椿の力になれるのかどうかわからかいけれど、とりあえず俺は「わかったよ」とぼそりと呟いておいた。