目の前にいる真那は得意げな口調でそんなことを言ってきたので、「たしかにな」と俺が返事をしようとした時だった。「あっ」と再び声を発した彼女が急にしゃがみ込む。

「歩! 見て見て、ここ! 魚がいっぱいいるよ」
 
 早く早くと言わんばかりに手招きする彼女の隣まで近づくと、俺はしゃがみ込んで海の中を覗いてみた。するとそこには、まるでガラス細工の中に閉じ込められたかのように、今にも泳ぎ出しそうな小魚たちが固まっていた。
 それだけじゃない。水中を漂う海藻も、シャボン玉のように空気を閉じ込めた気泡も、海の中に存在する何もかもがありのままの姿で時間を止めている。
 それはまるで、美しさと命そのものを永遠に残すためのようにも思えた。
 そんなことを考えて時、俺はふと隣にいる真那の横顔を見た。
 このオルゴールの音色が響いている世界では、きっと彼女の存在も同じなのだろう。永遠に色褪せることもなく、自分の知っているままの姿で目の前に現れる真那の身体。けれどそれは同時に、彼女がもう自分たちと同じ世界には存在していないということを意味している。だから、きっといつかは……

「歩、どしたの?」

 不意に真那の声が聞こえてきて、俺はハッと我に戻った。目の前を見ると、真那が不思議そうな表情を浮かべて首を傾げている。

「ははーん。さては私の顔に見惚れてたな?」

「なッ、違うって!」
 
 ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべている真那に、俺は慌てて右手を振った。と、その拍子に思わずバランスを崩してしまい、俺はドスッと水面に思いっきり尻餅をついてしまう。

「あはは、そんなに動揺しなくてもいいのに」

「……」
 
 面白そうにお腹を抱えながら笑っている真那を、俺はムッとした表情で睨んだ。が、これ以上反論したらまたボロが出そうな気がするので仕方なく黙ったまま立ち上がる。
 そんな自分を見て、真那はしゃがみ込んだままクスクスと肩を震わせて、そして上目遣いに俺を見上げてきた。

「歩ってほんと昔からそういうとこ素直だよね」

「うるさいって……」
 
 俺はわざと呆れたように声を漏らすと、今度は恥ずかしさを誤魔化すように真那に背を向けた。そしてそのまま沖の方へと一歩踏み出す。 
 すると前方には、一際大きな波のカーテンがまるで彫刻のようにそびえ立っているのが見えた。

「歩! どこ行くの?」
 
 背中越しから聞こえてきた声に俺は振り返ると、「真那もこっちにきてみろよ! すげーぞこれ」といって波の方まで近づいた。そして再び真那の方を見ると、大きく右手を振る。すると相手は両手をメガホンに見立てて大声で叫んだ。

「そろそろ戻ってきた方がいいよ! じゃないと……」

 耳に届いていた真那の声が突然途切れた。その瞬間、オルゴールの音色も消えたかと思うと、足元の感覚までもが一瞬で無くなる。直後、耳の奥で炸裂音のように響いたのはザブン! という水が弾けたような音。
 しまった! と思った時にはもう手遅れで、俺の視界には再び時間を取り戻した水中の世界が果てしなく広がっていた。