昼休みなり、いつものように食堂で昼飯を食べ終わって教室に戻ると、何やら難しい表情を浮かべながら自分の席に座っている椿の姿が目に入った。
 悩ましげに大きなため息をついているところを見ると、おそらくホームルームの時に話しにあがったカフェの制服のことで悩んでいるのだろう。事実、彼女が手元に広げているノートには、『文化祭』という言葉がチラリと見えた。

「……」

 俺は自分の席に座ってからも、そんな椿の様子を眺めていた。
 椿は責任感が強いが、姉の真那とは違ってプレッシャーには弱い。それなのに何でもかんでも一人で抱え込もうとするクセがあることを知っているので、俺は小さくため息を吐き出すと再び立ち上がり、そしておもむろに椿の方へと向かって歩き出す。
 
 とりあえず、あんまり無理し過ぎないように一声かけておくか。

 徐々に近くなっていく椿の背中を見つめながらそんなことを思っていた時だった。ふいに俺の耳に、別のところから彼女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「なあ椿」
 
 その呼び掛けに、俺も目の前にいる椿も同時に声が聞こえた方を向く。すると教室の扉の方から近づいてくる和輝の姿が目に映る。

「これ、今までの卒業生が文化祭で出し物やった時の写真だって。藤原先生に頼んだら貸してもらえた」
 
 そう言って和輝は卒業アルバムのような分厚い本を椿の前に差し出す。誰かマメな卒業生が作ったのか、表紙には『天宮高校文化祭!』という手作り感たっぷりのシールが貼られている。

「カフェの写真も結構載ってるから、椿の参考になるかなって思って」

「ほんとに? それは凄く助かるよ。ありがとう和輝くん!」

 先ほどまで暗い顔をしていた椿だったが、ニコリと笑うとそれを和輝から受け取る。と、その時、後ろにいた俺のことに気付いてこちらを振り返った。

「歩?」

 首を傾げて俺の名前を呼ぶ椿。そんな彼女の隣では、あからさまに不機嫌な顔をしてこちらを見てくる和輝の姿。口にしなくても、「何だよ?」と不満げな声が聞こえてきそうな目で睨んでくる。
 俺は小さく肩を落としてため息を吐き出すと、そのまま何も言わずに椿たちに背を向けた。そして踵を返すように自分の席へと戻っていく。

「……」
 
 あの場に俺がいても気まずくなるだけだろう……
 
 俺はそんなことを思いながら再び自分の席に座った。とりあえず心配しなくても和輝が積極的に椿のことをサポートしてくれそうなのでおそらく大丈夫なはずだ。
 そう思って顔を上げた時、和輝と話しながらふとこちらを見てきた椿とたまたま目が合った。
 椿は何か言いたげな表情を浮かべていたが、俺はあえて気づかないフリをしてその視線からそっと顔を逸らした。