くじ引きによって選ばれた二人が舵を取るホームルームは、早くも暗礁に乗り上げていた。 
 文化祭の出し物を何にするか? というシルプル過ぎる命題は好奇心旺盛な高校生の想像力をよほど刺激するようで、あれやこれやと好き放題な意見が飛び交い、まとまる気配をみせない。

「それじゃあこの三つの中から多数決で決めたいと思います」
 
 何とか三つまでアイデアを絞ることができ、司会進行を務める和輝が教室の中を見渡しながらそんな言葉を言った。さすが真一に次期キャプテンと言わしめただけあり、和希は教卓に堂々と立ちながら終始臆する様子もなく司会を続けていた。
 そんな彼の斜め後ろでは人前で話すことが苦手な椿が、出来るだけ自分の存在を隠そうとするかのように、チョークを片手に握りしめながら黒板に向かっている。

「では最初に、演劇が良いと思う人は?」

 和輝の言葉を合図に、クラスメイトたちが顔を見合わせる。そして演劇希望の生徒たちがぽつりぽつりと手を上げ始めた。が、わざわざ数えなくてもこの感じだと確実に却下だろう。
 俺はそんな光景を見てほっと胸を撫で下ろした。これで今年の文化祭は、去年よりも面倒くさい展開にはならなさそうだ。

「くそー、俺の美女姿が……」

 安堵する自分の目の前では本気で美女と野獣をしたがっていたのか、張り切って右手を挙げている真一が悔しそうな表情を浮かべていた。

「じゃあ次、ダンスライブが良いと思う人!」
 
 先ほどよりも一際大きな声で和輝の声が教室に響いた。その言い方と表情を見る限り、おそらく和輝はこの案が希望なのだろう。まあもろちん、俺が手を挙げることはないが。
 そんなことを思っていたら先ほどよりもチラホラと手が上がり始めたので俺は一瞬ヒヤッとしたが、見る限りだとおそらくこれも却下だ。

「じゃあ最後に……カフェが良いと思う人は?」
 
 今度は教室にいる半数近くの生徒がスムーズに手をあげた。その中にはもちろん自分も含まれている。カフェであれば練習や舞台に立つことははいので、この三つの中では一番無難で楽だろう。

「十二、十三……十四人、と」
 
 挙手している生徒をリズムカルに人差し指で数えていた和輝は、最終確認を行うように一度椿と目を合わせると小さく頷いた。

「はい。それじゃあ多数決の結果、二組の文化祭の出し物はカフェにしたいと思います」

 和輝の声に、教室の中はパチパチと拍手の音で満たされた。俺も形だけ両手を動かしていると、こちらを振り返ってきた真一がニヤリと笑う。

「なあ歩、カフェといえばやっぱメイドだよな!」

「バカかお前」

 俺はわざとらしく呆れた口調でそう言うと、前向いとけという意味も込めて真一の背中を軽く叩いた。
 とりあえず出し物が決まり、向かうべきところがはっきりと見えた為か、その後の話し合いは意外とスムーズに進んでいった。
 カフェの雰囲気はありきたりなものではなく、オシャレな感じにしたいということ。メニューは口コミで人気のカフェに実際に訪れてみて参考にするなど。
 司会進行である和輝がうまくクラスメイトたちの意見をまとめながら、やりたいことからやるべきことなどが具体的に見えてきた。
 が、カフェの時に着る制服を誰がデザインするかについてはなかなか決まらず、再び教室の空気が暗礁に乗り上げる。

「オシャレな感じでいくなら、衣装だってこだわらないといけないよね」

「たしかに。どうせやるなら『こいつらクオリティ高いじゃん!』って言ってもらいたいし」

 窓際で盛り上がっている女子たちの会話を聞きながら、俺は傍観者のような気分で教室の様子を眺めていた。すると、椿と仲の良い明日香(あすか)が突然ぱっと手を上げる。

「それだったら椿がデザインしたら良いんじゃない? 椿オシャレだし、それにデザインー志望だって前に言ってたじゃん」

「ちょっ、明日香ったらこんなとこでやめてよ」

 思わぬところで話しを振られてしまった椿は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら友人のことを睨んだ。けれど明日香の話しは他の女子たちにとっても周知の事実のようで、「それいいじゃん!」と次々と賛成の声が上がっていく。

「椿が良いなら俺もそれに賛成だけど」

「ちょっと和輝くんまで……」
 
 同じ実行委員にまで言われてしまい完全に逃げ場を失ってしまった椿は、諦めるように大きく肩を落とすと、同じように大きなため息をついた。そして小鳥が囁くような声で、「じゃあやります……」としぶしぶ小さく呟く。

「つばき! ばしっとオシャレなやつ頼むよ!」
 
 よほど椿のセンスを買っているのか、明日香が椅子から腰を浮かしながら大声で言った。それと同時に彼女を筆頭に、パチパチと教室の隅々から今度は熱気ある拍手が鳴り響く。
 その熱気を向けられた俺の幼なじみといえば、頬を赤くしたまま黙って俯いていた。

「それじゃあ具体的な内容も決まったので、今から文化祭までのスケジュールについて話し合いたいと思います。みなさん去年も経験したように、この学校は文化祭にかなり力を入れています。なので来週から夏休みに入りますが、できるだけ教室に集まって班ごとで準備を進めたいと思うので、ご協力お願いします!」
 
 指揮をとる和輝の力強い発言に、「げッ」と俺はあからさまに嫌な顔をした。せっかく楽ができると思ってカフェのアイデアを選んだのに、これじゃあ去年の時と一緒じゃないか。
 そんなことを思っていたのはどうやら自分だけではなかったようで、和輝と仲の良い男子たちからは「それだけは勘弁!」とか「ブラック企業かよ!」など、わざとらしいブーイングが起こっていた。
 が、対する和輝は特に気にする様子もなく、「お前らは今日から徹夜で残れ」と冗談をいって、うまく教室の笑いを取っていた。
 もちろん俺だけは、そんな彼の冗談に笑うことはできなかったけれど。