「私ってほんとくじ運ないんだよなぁ」
通用門を出た直後、隣を歩く椿が呟く。べつに一緒に帰る約束をしたわけではないのだが、帰る方向が同じなのでよくこうなる。
「まあ相手は和輝だし、頼めば何かとやってくれるだろ」
俺はそんな言葉を返すと、フェンス越しに見える運動場の方を見た。縦に長い運動場では様々な運動部が練習を始めており、元気な掛け声と共にボールを追いかけているサッカー部の姿も見える。その中にはもちろん今名前を言った人物と、真一の姿もあった。
「ほんとは、歩が良かったんだけど……」
小声でぼそりと呟かれたその声に、俺は
「え?」と椿の方を振り返った。すると彼女は小さく首を振った後、「ううん、何もない」と言って俺の顔を見上げる。
「そういえば歩はもうサッカーしないの?」
そう言って真那と似た真っ直ぐな視線で俺の顔を見つめてくる椿。俺はそんな椿から思わず視線を逸らしてしまう。
「ああ……そうだな」
ぎこちない口調で返事をした俺は、もう一度運動場の方へと目を向ける。そこでは去年自分もやっていたように、サッカー部のメンバーが声を掛け合いながらシュート練習をしていた。
「そっか……。じゃあ歩が活躍してる姿はもう見れないね」
「そんなに活躍してなかっただろ。中学の頃じゃあるまいし」
残念そうに話す椿に、俺はわざとらしくぶっきらぼうな口調で言った。そして再び視線を前へと戻す。
幼稚園の頃から地元のサッカークラブに所属していた俺は、中学生になりサッカー部へと入部すると、すぐにレギュラーに選ばれるようになった。
そこまでサッカー部の人数が多くなかったこと、そして経験者が少なかったことも影響したと思うのだけれど、この経験は自分にとって大きな自信の一つになった。その時に同じく一年の頃からレギュラーに選ばれていたのが和輝だった。
和輝は俺が小学生の時に転校してきて、偶然同じクラスになった自分は和輝がサッカー経験者だと知って当時通っていたクラブを紹介したのだ。
それから約8年、去年俺がサッカー部を辞めるまでの間、同じフィールドで共に戦ってきた仲間だったのだ。
「中学校の時から歩と和輝くんの二人、すっごく活躍してたもんね。女の子とかみんな盛り上がっちゃって、私もよく誘われて練習試合とか応援しに行ってたもん」
懐かしそうに話す椿に「そうだっけ?」と言葉を返せば、「そうだよ」と彼女は少し拗ねたように唇を尖らせる。そんな椿の反応が面白くて俺は小さく肩を震わせた。
「まあでもこの高校だと俺ぐらいのレベルの奴ならいっぱいいるよ」
「でも去年の試合に出れたのは歩と和輝くんの二人だけだったんでしょ?」
「あと真一な」
そう言って運動場の方へと視線を戻すとタイミングが良いのか悪いのか、ちょうどシュートを決めた真一が俺たちがいることに気づき嬉しそうに親指を立ててきた。
「ほんと調子良いやつだな、あいつは」
俺は呆れた口調でそんなことを呟きながら真一に向かって右手を伸ばすと、彼とは反対の方向に親指を向ける。すると自分たちのやりとりを見ていた椿がクスリと笑った。
「歩は真一くんとほんと仲が良いよね」
「まあサッカー部やめてからも仲が良いのはあいつぐらいだからな」
去年部活を辞めると言った時、顧問や先輩、そして同級生の部員たちは毎日のように引き止めようとしてくれた。特にずっと一緒にサッカーを続けていた和輝は、何度も家にまで来て俺のことを説得しようとしてくれていた。
けれど俺は真那が事故で亡くなったことがきっかけで、サッカーに注いでいた情熱を完全に失ってしまっていた。それどころか本業である学校生活でさえままならないほどと当時は塞ぎ込んでしまっていたのだ。
自分にとって彼女の存在は、想像していたよりもずっと大きかったのだと、失ってから改めて気付かされた。
俺は無意識にきつく握りしめていた拳をそっと解くと小さくため息を吐き出す。すると椿が再び口を開いた。
「そういえば真一くんに誘われたんだけど、今度の日曜日にバーベーキューやるらしいよ。歩も来るの?」
不意にそんなことを尋ねてきた椿に、俺の心臓がビクリと一瞬跳ねる。
「そういや真一のやつ今朝そんなこと言ってたな。日曜なのか」
「うん。私は行くって返事したんだけど、歩はどうするの?」
「俺は……」
日曜日は、真那との約束の日だ。
彼女と会ったことが幻なんかではなく、本当に現実だったのかどうかを確かめることができる日。
俺は動揺していることを誤魔化すように小さく咳払いすると、あえて落ちついた口調でゆっくりと口を開く。
「その日はちょっと……無理だな」
「そっか……」
期待していた言葉とは違っていたのか、椿は少し寂しそうに返事をすると下を向く。俺はそんな彼女の気を紛らわせようと続け様に言葉を発した。
「でも珍しいな。椿がそういうの参加するって」
俺の言葉に椿は顔を上げると、「うん」と小さく頷く。
「去年はお姉ちゃんのことがショックでそういうの参加できなかったから。でも昨日のお姉ちゃんの一周忌で時間はやっぱり流れてるんだなって改めて思って……だから、ちゃんと色んなことにも目を向けていこうかなって。たぶんお姉ちゃんいたら『学校生活に悔い残すなよ!』って怒られそうだから」
「そっか……」
ニコリと優しく微笑む椿から俺はそっと目を逸らした。彼女の言葉に、胸の奥がチクリと痛む。わかってる。自分も椿のようにちゃんと一歩を踏み出さないといけないということを。
でも……
俺はポケットの中にあるオルゴールを握りしめると少しだけ力を込めてみる。それは確かに手のひらの中にあるはずなのに、自分の心は、その向こうにある過去の思い出の方を求めているような気がした。
通用門を出た直後、隣を歩く椿が呟く。べつに一緒に帰る約束をしたわけではないのだが、帰る方向が同じなのでよくこうなる。
「まあ相手は和輝だし、頼めば何かとやってくれるだろ」
俺はそんな言葉を返すと、フェンス越しに見える運動場の方を見た。縦に長い運動場では様々な運動部が練習を始めており、元気な掛け声と共にボールを追いかけているサッカー部の姿も見える。その中にはもちろん今名前を言った人物と、真一の姿もあった。
「ほんとは、歩が良かったんだけど……」
小声でぼそりと呟かれたその声に、俺は
「え?」と椿の方を振り返った。すると彼女は小さく首を振った後、「ううん、何もない」と言って俺の顔を見上げる。
「そういえば歩はもうサッカーしないの?」
そう言って真那と似た真っ直ぐな視線で俺の顔を見つめてくる椿。俺はそんな椿から思わず視線を逸らしてしまう。
「ああ……そうだな」
ぎこちない口調で返事をした俺は、もう一度運動場の方へと目を向ける。そこでは去年自分もやっていたように、サッカー部のメンバーが声を掛け合いながらシュート練習をしていた。
「そっか……。じゃあ歩が活躍してる姿はもう見れないね」
「そんなに活躍してなかっただろ。中学の頃じゃあるまいし」
残念そうに話す椿に、俺はわざとらしくぶっきらぼうな口調で言った。そして再び視線を前へと戻す。
幼稚園の頃から地元のサッカークラブに所属していた俺は、中学生になりサッカー部へと入部すると、すぐにレギュラーに選ばれるようになった。
そこまでサッカー部の人数が多くなかったこと、そして経験者が少なかったことも影響したと思うのだけれど、この経験は自分にとって大きな自信の一つになった。その時に同じく一年の頃からレギュラーに選ばれていたのが和輝だった。
和輝は俺が小学生の時に転校してきて、偶然同じクラスになった自分は和輝がサッカー経験者だと知って当時通っていたクラブを紹介したのだ。
それから約8年、去年俺がサッカー部を辞めるまでの間、同じフィールドで共に戦ってきた仲間だったのだ。
「中学校の時から歩と和輝くんの二人、すっごく活躍してたもんね。女の子とかみんな盛り上がっちゃって、私もよく誘われて練習試合とか応援しに行ってたもん」
懐かしそうに話す椿に「そうだっけ?」と言葉を返せば、「そうだよ」と彼女は少し拗ねたように唇を尖らせる。そんな椿の反応が面白くて俺は小さく肩を震わせた。
「まあでもこの高校だと俺ぐらいのレベルの奴ならいっぱいいるよ」
「でも去年の試合に出れたのは歩と和輝くんの二人だけだったんでしょ?」
「あと真一な」
そう言って運動場の方へと視線を戻すとタイミングが良いのか悪いのか、ちょうどシュートを決めた真一が俺たちがいることに気づき嬉しそうに親指を立ててきた。
「ほんと調子良いやつだな、あいつは」
俺は呆れた口調でそんなことを呟きながら真一に向かって右手を伸ばすと、彼とは反対の方向に親指を向ける。すると自分たちのやりとりを見ていた椿がクスリと笑った。
「歩は真一くんとほんと仲が良いよね」
「まあサッカー部やめてからも仲が良いのはあいつぐらいだからな」
去年部活を辞めると言った時、顧問や先輩、そして同級生の部員たちは毎日のように引き止めようとしてくれた。特にずっと一緒にサッカーを続けていた和輝は、何度も家にまで来て俺のことを説得しようとしてくれていた。
けれど俺は真那が事故で亡くなったことがきっかけで、サッカーに注いでいた情熱を完全に失ってしまっていた。それどころか本業である学校生活でさえままならないほどと当時は塞ぎ込んでしまっていたのだ。
自分にとって彼女の存在は、想像していたよりもずっと大きかったのだと、失ってから改めて気付かされた。
俺は無意識にきつく握りしめていた拳をそっと解くと小さくため息を吐き出す。すると椿が再び口を開いた。
「そういえば真一くんに誘われたんだけど、今度の日曜日にバーベーキューやるらしいよ。歩も来るの?」
不意にそんなことを尋ねてきた椿に、俺の心臓がビクリと一瞬跳ねる。
「そういや真一のやつ今朝そんなこと言ってたな。日曜なのか」
「うん。私は行くって返事したんだけど、歩はどうするの?」
「俺は……」
日曜日は、真那との約束の日だ。
彼女と会ったことが幻なんかではなく、本当に現実だったのかどうかを確かめることができる日。
俺は動揺していることを誤魔化すように小さく咳払いすると、あえて落ちついた口調でゆっくりと口を開く。
「その日はちょっと……無理だな」
「そっか……」
期待していた言葉とは違っていたのか、椿は少し寂しそうに返事をすると下を向く。俺はそんな彼女の気を紛らわせようと続け様に言葉を発した。
「でも珍しいな。椿がそういうの参加するって」
俺の言葉に椿は顔を上げると、「うん」と小さく頷く。
「去年はお姉ちゃんのことがショックでそういうの参加できなかったから。でも昨日のお姉ちゃんの一周忌で時間はやっぱり流れてるんだなって改めて思って……だから、ちゃんと色んなことにも目を向けていこうかなって。たぶんお姉ちゃんいたら『学校生活に悔い残すなよ!』って怒られそうだから」
「そっか……」
ニコリと優しく微笑む椿から俺はそっと目を逸らした。彼女の言葉に、胸の奥がチクリと痛む。わかってる。自分も椿のようにちゃんと一歩を踏み出さないといけないということを。
でも……
俺はポケットの中にあるオルゴールを握りしめると少しだけ力を込めてみる。それは確かに手のひらの中にあるはずなのに、自分の心は、その向こうにある過去の思い出の方を求めているような気がした。