俺は呆然としたまま、一歩ずつ近づいてくる真那の姿を見つめていた。
 自分は今、幻でも見いているのだろうか?  
 そんなことを思いゴクリと唾を飲み込む自分に、目の前までやってきた彼女が現実感のあるハッキリとした声で言う。

「もうッ! その顔は信じてないだろ」

「だって……」
 
 震える唇を動かし、俺は必死に声を絞り出す。こんなことはありえない。絶対にない。だって、俺の知っている彼女はもう……
 続きの言葉を口にすることができず黙り込む自分に、目の前にいる真那がクスリと笑う。そしてそのほっそりとした指先を、俺が左手に握っているものへと向けた。

「歩が持ってるそのオルゴールはね、鳴らすと自分が初恋をした相手に出会えるの」

 そう言って無邪気な笑顔を浮かべる真那。俺はそんな彼女の言葉が理解できずに慌てて口を開く。

「ちょ、ちょっと待てよ。そんなこと信じられないって! だって……だって真那はもう……」

 真那はもうこの世にはいない。
 
 そんな言葉が脳裏に浮かぶも、目の前にいる彼女があまりにもリアルで、俺は声にすることができなかった。
 再び言葉を詰まらせて戸惑う表情を浮かべる自分に、真那がわざとらしくムッと頬を膨らませる。

「さては、まだ私のことを疑ってるだろ?」

「……」
 
 俺は何も言い返すことができずに顔を伏せる。すると今度はクスっと笑った彼女が左手を上げて、手のひらを俺の方へと向けてきた。

「ほら、手を合わせてみて」
 
 彼女の言葉に誘われるように俺はそっと顔を上げる。そして自分の右手をゆっくりと上げると、恐る恐る真那の左手へと近づけていく。
 
 自分よりも一回り小さなその手のひらに触れた瞬間、いつか感じたことのある温もりが、確かに右手を通して伝わってきた。
 もう記憶の中でしか思い出すことができないと思っていたはずの彼女の温もり。それがあまりにも温かくて胸の奥まで伝わってくるものだから、俺は視界が滲みそうになるのをぐっと堪える。

「ね? 嘘じゃないでしょ」
 
 優しい声音で包まれたその言葉に、俺は何も返事をすることができなかった。どれだけ望んでも、その日はもう二度とやってこない。そう思っていた現実が、今まさに揺らごうとしている。