「先生の漫画に出てくるデートスポット、あまりにもワンパターンすぎませんか?」

 通話が繋がるなり、開口一番にそんな失礼なことを言われた。

「いやでも実際、高校生が行く場所なんてだいたい限られてるだろ。そのへんの身近な日常感ってのも……」

 Skype通話の相手は、『ちくわぶ太郎』というふざけたペンネームを持つweb漫画家だ。
 毒のあるギャグエッセイという作風とは裏腹に、本人は非常に可憐な若い女性である。少なくとも外見だけは。

「いいから取材行きましょう、取材」

「例の騒動もだいぶ下火になってきたし、別に一緒に行く必要ないんじゃないか」

 そう言うと、通話の向こうの彼女は妙な猫なで声を出し始めた。

「もう……その理由は、私の口から言わなくても、刹那先生なら気づいてるでしょう……?」

「あー。いよいよ来週発売なんだっけ」

「正解です」

 しれっと答えやがった。
 彼女がTwitterなどで描き続けてきた漫画が出版社の目に留まり、ついに単行本化されることになったのだ。

「前のタピオカミルクティー鍋の食レポ漫画、妙に好評でいいねが多かったじゃないですか。露骨な宣伝だけじゃウザがられるし、発売直前にもうひとネタで盛り上げたくて」

 その気持ちはよくわかる。作家というものの大半は、自作の部数が伸びるなら悪魔にだって魂を売る。
 ステマに手を出すのも、心理としては理解できなくもない。広告代理店がやるのは意味がわからんが。

「それで、こっちのメリットは」

「私と一緒にお出かけできるだけじゃ不満なんですか。傷つくなぁ」

 宣伝目的だとバラした後で言われても。

 だが、相乗効果で俺のほうの読者も増えてきているのは事実だった。作者がこんなむさ苦しい男だというのも、もともと別に隠してはいなかったが、『ちくわぶ太郎』の漫画に描かれたことでイジられキャラとしての好感度が上がったらしかった。
 なんだかんだで、それで読者が増えるのなら、悪い気はしないのが漫画家というものだ。

「いっぱい宣伝してくれたら、私のこと、好きにさせてあげてもいいですよ? なーんて」

「……そういうこと言うキャラじゃないと思ってたけどな」

「けっこう言いますよ。言う相手を選んでるだけです。あと、こんな冗談を本気にするようなら軽蔑して怒りますけど」

 ……本当にめんどくせーな、こいつ。
 しかもやっぱり、俺にメリットがない。


    *    *    *


 翌日。彼女が『取材先』として指定してきたのは、フクロウカフェとやらだった。

「前にタピオカブームはもう古いみたいな反応してたけど、これも流行りはじめてからけっこう経ってないか?」

「は? フクロウは流行とかに関係なくずっとかわいいでしょう」

 それを言ったらタピオカだって、流行に関係なくずっとモチモチしている。

「だいたいこの店、カフェって言ってもバー寄りのやつじゃ……」

 送りつけられたURLのドリンクメニューを見て、昨日の彼女の口調や会話の内容にちょっと違和感があったわけに思い当たった。

「昨夜のあれ、さては酔って通話してきたな?」

「あ……バレましたか。お酒が入ってると誰かに絡みたくなるんですよね、私。でも行きたかったのは本当ですよ」

「やっぱり自分が来たかっただけじゃないか」

「そうですよ。だから今日はちゃんと準備してきました」

 そう言って、自分の足元を指さす。
 今日の彼女は、白いダウンジャケットにジーンズとスニーカーというラフな格好だ。
 長さや雰囲気は毎回違ったが、これまで会った三回とも彼女はスカート姿だった。
 いつも下ろしていた髪の毛も、今日は頭の後ろで巻貝のようにまとめている。

「女同士って相手の服装によって内心でマウント取ったりするから、面倒で……。猫カフェやフクロウカフェにスカートで来る女とか、ピカピカじゃらじゃらアクセ着けてたりとか、『おまえ本気で動物と戯れる気あんのか』って思いますね」

 なるほど。ここも彼女にとっては、「女同士では来にくい場所」なわけだ。

「いい友達がいないんだな……」

「ハイ、いませんよ。刹那先生のまわりで誰か紹介してくれません? あー、先生にそんな気の利いた女友達なんているわけないかー」

 そうこうしながら目的の店に入ると、その中は植物だらけのちょっとしたジャングルのようで、少し驚く。ここは、ある程度フクロウたちに自由にさせているタイプのお店なようだ。
 奥のほうの止まり木に何羽かのフクロウが並んでいるのが見える。動かないので最初はぬいぐるみかと思ったが、どうやら本物らしい。

「思ってたのと違った?」

 なんだか彼女が妙におとなしくしているので、そう聞いてみる。

「TV番組のレポーターみたいに、黄色い声をあげて駆け寄っていくとでも思いました? 甲高い大声出したりとか急に動いたりとか、それ動物がいちばんイヤがるやつですよ」

 小声ながら、いつものように毒舌が返ってくる。

 それにしても、漫画の舞台に使うとして設定は適当に変えりゃいいけど、そもそも高校生ってデートでフクロウカフェに来たりするものなのだろうか?

「だからそんなことは気にしなくっていいんですって。どうせ先生の漫画に出てくるような清らかで甘酸っぱい交際をしてるような高校生なんて現実にはいませんから。先生は存分にファンタジーを描いてればいいんですよ」

 それはいくら何でも言いすぎだろうとは思うが、彼女がいったいどんなJK時代を過ごしてきたのか、自分には全く想像つかないのも事実だ。
 奇妙な成り行きでこうして一緒に出かけたりしているが、本来なら自分とはまるで縁のない人種だと思う。

「フクロウって、飛ぶところはカッコイイけど、歩く姿はかわいいんですよね。こう、トテテテーって感じで」

 彼女がそう言うと、ちょうど奥の木陰から1羽の茶色っぽいフクロウが、こちらに寄ってきた。
 羽根を軽く広げてバランスを取りながら歩くその姿は、どこか漫画っぽい。

「こんなふうに、相手に自分の存在を意識してもらいつつ、さもそこにいるのが当然みたいな顔して、ゆっくり自然に近づいていくのがコツです」

 彼女はそう言って床に膝をつき、ほとんど四つん這いになりそうなぐらい身を屈めてスマホを構えている。

 髪を上げてあらわになったうなじから背中と腰にかけてのラインがとてもキレイだ、などと思ってしまう。……いや、これは絵描きとしてその曲線美がいいと言っているのであって、べつによこしまな気持ちで見ているわけじゃないからな。

「動物好きなんだな」

「かわいい動物が好きなだけですよ。ただの私のエゴです」

 そう言いつつ、彼女は真剣な様子でフクロウをカメラに収めている。

「あ、こっち見てくれた、かわいい……。手軽にバズらせるにはやっぱり動物ネタが鉄板ですよね」

 つくづくこの子は、計算高いんだか何なんだかよくわからん。

「この子は クロちゃん? クロくんかな? フクロウって血液鑑定とかしないと性別がわからないらしいですよ。体の大きさである程度は見分けられますけど、個体差もありますし」

 近くの壁のプレートに書かれた名前を見ながら、彼女はふと思いついたように言った。

「名前と言えば、刹那先生は相変わらず名前をあんまり呼んでくれませんよね。私には『ちくわぶ太郎』という立派な名前があるのに」

「ペンネームだろ。だから人前で呼ぶとこっちが恥ずかしいんだって」

「でも担当さんはちゃんとちくわぶ太郎さんって呼んでくれますよ」

「編集者だからだろ」

「最近多い、ひらがなやアルファベット数文字のペンネームは、検索にかかりづらくて不利だけど、その点『ちくわぶ太郎』はSEO効果的にもバッチリだって」

 まあ確かに、一度聞けばなかなか忘れない名前ではあるが……。
 
「私、本名も大仰すぎてあんまり好きじゃないんですよね。じゃあ何かいいあだ名でも考えてくださいよ」

「あだ名……?」

「そういうの考えるのは得意でしょ、漫画家なんだから」

 またそうやって無駄にプレッシャーをかけてくる。
 だいたい、元のペンネームと本人のビジュアルのインパクトが強すぎるんだよな……。

「うーん、ちくわぶ太郎だから……『ちーちゃん』、とか?」

 彼女は一瞬ポカンとして、それからくっくっと声を殺して笑い始めた

「じゃあ、ちーちゃんでいいです。言ったからには、今日一日そう呼んでくださいね」

 そんなに短絡的だっただろうか。『ちくわぶ太郎』などというペンネームを付けるセンスの持ち主に笑われるのは心外だ。

「はーい、ちーちゃんですよー。こっち来てくれるかなー?」

 フクロウにまでそう言って『ちーちゃん』が軽く手を伸ばすと、エサをもらえるとでも思ったのだろうか、フクロウが本当に寄ってきた。

「撫でてもだいじょうぶかな?」

 フクロウはまるで匂いでも嗅ぐように、彼女の細い指先に顔を近づけた。
 それを確認してから、彼女はそっとフクロウの後頭部から背中にかけてのあたりを撫で始めた。

 ……ちょうどさっき彼女の身体のラインを見ていた部分と同じだと気付いて少しドキッとする。まさか、視線に気づかれていたとか、さすがにそれは考えすぎだよな。

「ほら、刹那先生も触ってみます? 思った以上にフワフワしてますよ」

 誘われるままに彼女の隣に身をかがめると、彼女は自分の手をそっと俺の手に添えた。

「こうやって、手の甲のほうで撫でてあげるんですよ。手の脂がつくと羽根が傷んじゃうそうなので」

 手を掴まれているので、自然と顔も近づいた状態で、彼女が耳元で囁くように言う。
 少し心臓の鼓動が速くなるのを感じながらも、「このシチュエーション、漫画に使えるな」とかチラッと考えてしまう。
 たかがこの程度のことで動揺してしまうから、恋愛観が幼稚だとバカにされるんだろう。
 ……だいたい、もしこのネタを漫画に使ったら、「あのときそんなふうに意識してたんですね」とかまたイジられるに決まってるじゃないか。

 そんなこっちの気も知らず、『ちーちゃん』はただフクロウの反応を観察しているようだった。

「こんな感じでいいのか?」

「うーん、どうでしょう。撫でておとなしくしているなら、とりあえずイヤじゃないんだなって、わかるのはそれぐらい」

 じっとフクロウを見つめながら、彼女は言う。

「相手の気持ちなんて想像するしかないですよ。ほんとは森の中で自由に飛びたいと思っているのかもしれないし、それとも敵やエサの心配もなくて遊んで暮らせるこの生活サイコーって思ってるのかもしれないし」

 そうして彼女は、まるで誰かに向かって言っているかのように続ける。

「人間だって、同じです」


    *    *    *


「他の子たちは寝てるみたいですし、ちょっと休憩しましょうか。飲み物も注文しないといけないし」

 少し離れた飲食スペースで俺たちは席に着いた。

 デートシーンに使うかはともかく、インスピレーションがわきそうな雰囲気の店なので、いつものように軽くスケッチをしておくことにした。

「本当にマメですよね、刹那先生は。そんなの写真でいいじゃないですか。せっかくなんだから今はもっとフクロウとかを見てればいいのに」

「とかって、フクロウ以外にも何かいるのか?」

「私とか?」

「いや、えっと……『ちーちゃん』がフクロウと戯れてるところはちゃんと見てたけど」

 俺の口から『ちーちゃん』という似合わない言葉が出るのがよほど面白いのか、そう呼ばれるたびに彼女はニヤニヤ笑いを浮かべているが、そこに触れると余計からかわれるだけなので気にせずスケッチを続けることにする。

「目で見る風景と、写真とはやっぱりなんか違うんだよ。もっと言えば、パースが正確な背景が、漫画としていちばん伝えたいイメージを伝えてくれるとは限らないしな」

 俺がそう言うと、彼女はいつになく真面目な表情になった。

「……怖くないですか」

「怖いって、何が?」

「私は素直じゃないから、きっと刹那先生が漫画で伝えたいことの10分の1も読み取れてないですよ。思ってることが相手に伝わらないのって、怖くないですか」

「10分の1でも伝われば上出来なんじゃないかな。べつにそんな大層なこと考えてるわけでもないし」

 彼女は視線を下に落とすと、ドリンクに口をつけた。

「……んー。なんか悔しいな」

「何が」

「いろいろとです」

 珍しく彼女のほうが黙り込んでしまったので、少し沈黙が続いた。

「あぁ、わかった」

 思いついて俺がそう言うと、彼女は顔を上げた。

「自分の本が売れるか不安なんだな。わかるよ、俺もいちばん最初はそうだった。身内ぐらいしか買ってくれないんじゃないかって」

 まぁ、何冊目かになった今でも、たいして売れているわけじゃないが……。

 それを聞いた彼女は、ふっと身体の力を抜くように柔らかな表情になった。

「半分正解で、半分当たりです」

 ――『半分当たり』?

「半分正解、半分間違いじゃなくて?」

「正しい答とベストな答は違うんですよ。クイズじゃないんですから、正解を言えばいいってもんじゃないんです」

「? 正解以外に何を言えばいいんだ?」

 俺がそう聞き返すと、いつものように冗談めかした調子に戻って、彼女は答えた。

「女の子が不安がっていたら、黙って抱きしめたりするものですよ」

「したら怒るんだろ」

「怒りますよ。ちゃんと付き合ってるわけでもない相手にそんなことしたら痴漢じゃないですか」

 ……めんどくさい。

「だったら、それこそ彼氏にでもしてもらえばいいだろ。同業者だからって俺を呼び出さなくったって……」

 カタン、と音を立てて彼女がグラスを置いた。
 端正な顔を険しくして、彼女は席から立ち上がった。

「床に正座、と言いたいですけど、まぁそこでいいです。そのまま座っててください」

 そう言って彼女は、冷たい目で俺を見下ろした。

「つまり先生は……私が、彼氏がいるのに他の男の人と二人きりで遊びに出かけるような人間だと思ってたってことですか?」

「だって……いかにもモテそうだし、当然彼氏ぐらいいるだろうと」

「私がモテるのと、私がどんな人間かは、関係なくないですか」

 いや、それなりに人格形成に影響すると思うが……とりあえず今は反論するのはよしておこう。
 と言うか、自分がモテるって自覚はあるんだな。そりゃあるか。

「その……『ちーちゃん』はそもそも俺のことなんか、男性とかそういうふうに意識してないだろ」

 俺がそう言うと、彼女は少し口ごもった。

「――それは言えません。言っちゃうと先生が傷つくから」

 それは、答を言ってるようなものでは。

「本名もまともに教えてもらってないような間柄なんだし、いくら俺でも勘違いしたりしないから安心してくれ」

「何でもそうやってストレートに口に出しすぎなんですよ、先生は。私がさっきお手本見せてあげたじゃないですか」

「お手本……?」

「相手に恋人や仲のいい異性がいるのかどうか、さりげなく自然に聞き出す方法」

 ……言われてみれば、友達がどうこう言ってたときのアレか。

「いや、思い返してみるとそんなにさりげなくもなかったような……」

 どっちかって言うと、俺をdisるついでだろう。

「でも言わなきゃ気づかなかったでしょ? 先生、ニブいから」

 彼女は椅子に座り直すと、カクテルグラスの残りを飲み干し、息をついた。

「はー、やめましょう。こういうのがイヤだから、最近は恋愛とかしないようにしてるんだし」

「こういうのって?」

「そこで直球で聞くあたりがやっぱり刹那先生ですよね……。女の子がこんなふうに意味ありげなことを言ったときは察するものですよ」

 頬杖をついて片手でグラスを回し、融けかけた氷でカラカラ音を立てながら、彼女は言う。
 美人がやると本当に絵になる構図だな……と、ついつい思ってしまう。

「恋愛の駆け引きって、やってるその瞬間だけは楽しいんですけどね。そうやって相手の裏を読むのに慣れちゃうと、いざ付き合ってからも些細なことで『この人、何か隠してるんじゃないか』って疑うようになっちゃったり、自分も相手にウソをつくのが上手くなっちゃったりして」

 そこで彼女は、伏し目がちのままチラリと俺のほうを見る。

「恋愛漫画のヒロインがそんなだったらイヤでしょう? 好きの一言が言い出せなくてモジモジするとか、刹那先生の漫画みたいな世界が羨ましいですよ」

 俺の漫画はいくらなんでもそこまで単純じゃない……と思う。

「動物をなでるときと一緒ですよね。わからないからって手を伸ばさなきゃ、もっと何もわからないから、手探りしていくしかなくって。けど――」

 そこで彼女は言葉を切り、再び席を立った。

「他の子たちも起きたかもしれないし、もうちょっと遊んで写真撮ってきますね」

 ガラにもないことを、少ししゃべりすぎたとでも思ったのかもしれない。
 彼女の後ろ姿を見送りながら、俺はスケッチブックの上で鉛筆を走らせ続けた。


    *    *    *


 帰り道、まだ開いている書店の前で、彼女が足を止めた。

「普段行かないところの本屋さんって、入ってみたくなりません?」

「ああ、わかる」

「刹那先生の単行本も売ってたりして」

「この規模の書店だとたぶん置いてないよ」

「ふーん……そういうのもわかるようになるんですね。すごいなぁ」

 何もすごくはないが。

「そうだ、私の本、予約注文してくださいよ。そしたらついでにもっと仕入れてくれるかもしれないし」

「だからそういうステマ依頼はやめろって。しかも俺にメリットないしな」

「もう、メリットメリットって何ですか。見返りばっかり期待しちゃって、いやらしい」

 酒が入ったせいか、また少し口調がくだけてきている気がする。
 どっちが素の彼女に近いのだろう。

「もう少ししたら、私の本もこういうところに並んだりするのかな……」

 コミックコーナーの前で、彼女が言った。

「いや、入荷するとしても多分こっち」

 平台を眺めていた彼女に対して、俺は棚差しのほうを指差す。

「うわ、ひっど! ……でも、そうですよね。無名新人の一作目なんて」

「まぁ、棚差しで見ると、ちくわぶ太郎って名前は目をひくからいいかもな」

「ほら、そうでしょう」

 なぜか自慢げにそう言ってから、彼女は唐突にポツリと付け足した。

「……ちなみに、『ちとせ』ですよ」

「え?」

「『桜小路ちとせ』です、私の本名。千歳と書いて、ちとせ」

 桜小路千歳。頭の中で文字を並べてみたが、ものすごい字面だと思う。どこの姫だ。
 しかも、本人の外見がまったく名前負けしていないのもすごい。

 そして彼女は、またニヤニヤしながらこう言った。

「……だから、『ちーちゃん』で合ってます」


    *    *    *


 その後は普通に駅で別れた。
 遅い時間だったので多少心配ではあったが、まっすぐ歩けなかったりするほどの酔い方ではなかったし、家まで送るような間柄でもない。

 朝起きてPCをつけると、また彼女からデータが届いていた。
 ……いったいいつ寝てるんだろう。
 そもそも彼女が普段どんな生活をしているのかとか、俺は何も知らない。

『昨日はお疲れさまでした。ちーちゃんより』

 そうメッセージが添えられた、相変わらずいつも通りの毒々しい漫画に目を通す。

『今日は刹那蓮先生が単行本発売の前祝をしてくれるということで、前から行きたかったフクロウカフェに連れていってもらいました。これで今までの非礼はチャラにしてやるか……』
『弱肉強モフ――弱者である猫やうさぎやフクロウは、強者である私の前ではなすすべなくモフられることしかできない。それが自然界の掟』
『フクロウはかわいかったけどそれはそれとして、ラブコメ漫画に出てくるような鈍感で地雷踏みまくるようなヤツって、実際に目の前にいたらすっげームカつくゾ☆ やっぱりまだまだ奉公してもらわないと割に合わない』

 いつもこんなふうにイジられてばかりなので、たまには少し仕返しをしてやろうと思いついた。

 彼女がフクロウを見に行ってる間に、スケッチブックの端にこっそり描いておいた、頬杖をついて愚痴る彼女の似顔絵。
 あのときの彼女の言葉と表情が、これまででいちばん本音に近い気がして、描き残しておいたのだ。
 その絵をスキャンし、添付して返信する。
 程なくして彼女のSkypeがオンラインになり、メッセージがポンポンと飛んできた。

『人に黙って何を描いてるんですか!! ヘンタイ!!!』
『すぐに消してください!』
『てか、なんでよりによっていちばんオシャレしてないときに描くんですか!』
『それもこんな愚痴ってるとこじゃなくて、もっと他にあったでしょ!』

 その反応を見て、彼女が俺をからかう気持ちも少しわかった気がした。
 
 そう言えば――
 
 ふと、先日のやりとりを思い返してみた。

『その理由は、私の口から言わなくても、刹那先生なら気づいてるでしょう……?』
『あー。いよいよ来週発売なんだっけ』
『正解です』

『――クイズじゃないんですから、正解を言えばいいってもんじゃないんです』

 じゃあ、あのときも……
 正解じゃない、『当たり』の答え方があったってことだろうか。

 彼女は恋愛の駆け引きなんてイヤだと言っていた。

 いつの間にか、そんな彼女の言葉の裏を考えるのが楽しいと感じてしまっている。それは彼女が言うように、俺の恋愛経験が浅いからなんだろうか。
 それでもやっぱり、知りたいと思う自分がいる。
 何重もの嘘と虚飾で巧妙に覆い隠された、彼女のステルスな本心を。


                         (つづく)