火葬場が小さく見えてきたころ、菫さんと出会った泉場公園のベンチと似た場所を見つけて、僕たちはそこで一休憩することにした。
のんびりしていると、蓮はスマホで曲を流す。
スピッツの『楓』だった。
言葉のない時間が続いたけど、そこに変な気まずさはなかった。むしろ半身浴をしているみたいに、心が休まる気さえしていた。
ぼんやりと、空を見上げていた。
分厚い雲に、空一面が覆われていた。
菫さんと出会った日も、こんなふうに薄暗い日だったな。
そんなふうに耽っていると、蓮はとたんに音楽を止めて。
「ありがとな」
そう、雨粒みたいにぽつりと呟いた。
「どうしたの、急に」
つい首を傾げてしまうと、蓮はちらりとこっちを見てから、膝に肘をついて手を組み、靴のほうに目線を落とした。
柔らかく目を細めて、微笑んでいた。
菫さんに、とても似た笑顔だった。
「植物病になってからの姉さんってさ、どこか無理に笑ってたんだよ。
植物病っていう、メディア受けする名前のせいで、しつこく付きまとわれたり、嫌なこと聞かれたり、大変な時期があったことも含まれてるかもしんない。
けど、たぶん、ただ辛かったのが、一番だったんだと思う。もし自分が余命宣告なんてされたら、耐えられない。
正直、見てるの辛かった。
でもしょうがないことなんだって、むりやり納得させてたんだよ」
僕は、口を半開きにしてしまった。
そんなこと、菫さんから聞いたこともなかった。
だから、菫さんは名前に深い思い入れがあったのか。
どうして、言ってくれなかったんだろう。
そんなふうに一瞬、考えてしまったけど、僕に心配をかけたくないから言えなかったのかなって、今なら思えていた。
彼女はとても人思いだって、もう知っているから。
それから蓮は、僕のほうに体を向けた。
「けど螢と会ってから、姉さん、自然と笑うようになっていったんだよな。それくらい、螢との時間が支えになってたんかなって、今なら思うよ。俺じゃ、ぜんぜんダメだったんだって。
だから、ほんとにありがとう」
手紙をつづるように言葉を紡ぎ、深々と頭を下げた。拳を握りしめているせいで、黒いスラックスパンツがしわだらけになっていた。
僕は頬を掻いてしまってから、蓮の肩を叩く。彼が顔を上げると、僕は笑みを浮かべて口を開いた。
「いっしょにいたかった。ただ、それだけだよ」
本当に、それだけだったんだと思う。
僕は菫さんと違って、多くの思いを他の人に捧げることなんて、できはしないんだから。
彼女の笑顔を見ていたい。
それが、僕の願いだった。
僕は自分のために、彼女と過ごしていたんだ。
「そっか」
蓮がにかりと笑えば、雲の隙間からじんわりと日が差してきた。夏を感じるような、とても眩しい光だった。
ぱしゃりと、時間を切り取った。
この空と、僕たち二人のツーショットを撮った。
蓮は太陽のような満面の笑みを浮かべていて、それに比べて、僕はとても少しぎこちなく笑っていた。
いつも通りの僕たちだなって、なんとなく思った。
菫さんの仏壇に、これを飾ってあげよう。
菫さん、喜んでくれるだろうか。
そろそろ戻ろうかなと、カメラをしまおうとする。
けれど、僕は手を止めてしまった。
カメラのケースに、白い紙が入っていた。
のんびりしていると、蓮はスマホで曲を流す。
スピッツの『楓』だった。
言葉のない時間が続いたけど、そこに変な気まずさはなかった。むしろ半身浴をしているみたいに、心が休まる気さえしていた。
ぼんやりと、空を見上げていた。
分厚い雲に、空一面が覆われていた。
菫さんと出会った日も、こんなふうに薄暗い日だったな。
そんなふうに耽っていると、蓮はとたんに音楽を止めて。
「ありがとな」
そう、雨粒みたいにぽつりと呟いた。
「どうしたの、急に」
つい首を傾げてしまうと、蓮はちらりとこっちを見てから、膝に肘をついて手を組み、靴のほうに目線を落とした。
柔らかく目を細めて、微笑んでいた。
菫さんに、とても似た笑顔だった。
「植物病になってからの姉さんってさ、どこか無理に笑ってたんだよ。
植物病っていう、メディア受けする名前のせいで、しつこく付きまとわれたり、嫌なこと聞かれたり、大変な時期があったことも含まれてるかもしんない。
けど、たぶん、ただ辛かったのが、一番だったんだと思う。もし自分が余命宣告なんてされたら、耐えられない。
正直、見てるの辛かった。
でもしょうがないことなんだって、むりやり納得させてたんだよ」
僕は、口を半開きにしてしまった。
そんなこと、菫さんから聞いたこともなかった。
だから、菫さんは名前に深い思い入れがあったのか。
どうして、言ってくれなかったんだろう。
そんなふうに一瞬、考えてしまったけど、僕に心配をかけたくないから言えなかったのかなって、今なら思えていた。
彼女はとても人思いだって、もう知っているから。
それから蓮は、僕のほうに体を向けた。
「けど螢と会ってから、姉さん、自然と笑うようになっていったんだよな。それくらい、螢との時間が支えになってたんかなって、今なら思うよ。俺じゃ、ぜんぜんダメだったんだって。
だから、ほんとにありがとう」
手紙をつづるように言葉を紡ぎ、深々と頭を下げた。拳を握りしめているせいで、黒いスラックスパンツがしわだらけになっていた。
僕は頬を掻いてしまってから、蓮の肩を叩く。彼が顔を上げると、僕は笑みを浮かべて口を開いた。
「いっしょにいたかった。ただ、それだけだよ」
本当に、それだけだったんだと思う。
僕は菫さんと違って、多くの思いを他の人に捧げることなんて、できはしないんだから。
彼女の笑顔を見ていたい。
それが、僕の願いだった。
僕は自分のために、彼女と過ごしていたんだ。
「そっか」
蓮がにかりと笑えば、雲の隙間からじんわりと日が差してきた。夏を感じるような、とても眩しい光だった。
ぱしゃりと、時間を切り取った。
この空と、僕たち二人のツーショットを撮った。
蓮は太陽のような満面の笑みを浮かべていて、それに比べて、僕はとても少しぎこちなく笑っていた。
いつも通りの僕たちだなって、なんとなく思った。
菫さんの仏壇に、これを飾ってあげよう。
菫さん、喜んでくれるだろうか。
そろそろ戻ろうかなと、カメラをしまおうとする。
けれど、僕は手を止めてしまった。
カメラのケースに、白い紙が入っていた。