夜が深くなっても、僕は手を握りながら、じっと、祈るように俯いていた。
 ずっとぼうっとしていて、菫さんとの思い出ばかりが、走馬灯のように流れ込んでくる。
 とても鮮やかに思い出せて、もしかして一度寝て目を覚ましたら、明日の夕方には起きてくるんじゃないかとさえ感じていた。
 彼女の顔にかかった髪を、そっと除ける。
 頬はほんのりと赤く染まっていて、唇は潤んでいて、僕よりもずっとずっと温かかくて、いつもの寝顔と、なに一つ変わらない。
 それなのに、どうして。
 本当に、もう、あの笑顔は見られないんだろうか。
 だれでも良い、嘘だと言ってほしかった。
 でも、しょうがないことだったんだろう。
 いつかこのときが来るって知っていても、いっしょに過ごすと決めたんだから。
 僕はゆっくりと、指先まで伝わせて手を離す。
 花びらが散るように、彼女の熱が抜けていった。
 目の前が、ぼやけていく。
 唇を、きゅっと噛みしめて、抑え込む。
 とにかく、蓮に伝えなきゃいけない。
 そして、謝らなくちゃいけない。
 菫さんをしばらく、独り占めしていたことを。
 もう一度、菫さんの顔に目を澄ます。
 いつまでも、頭を撫でてしまう。
 止めどなく、頬が濡れていく。
 また改めて、想わされる。
 本当に、好きなんだなって。
 どうして、菫さんが植物病なんだろう。
 彼女じゃなくちゃいけないのかな。
 そんな理由、どこにもないじゃないか。
 いっそのこと、彼女を蝕んでいる毒を、僕に移せたら良いのに。
 菫さんのいない世界なんて、少しも想像もできない、したくない。
 だから目を覚ましてよ、菫さん。
 気づけば、僕は彼女の頬に手を据えて、ゆっくりと顔を近づけて、目を閉じて。

 ――頬にそっと、唇を触れさせていた。

 目を丸くして、とっさに距離を取っていた。
 僕は今、キス、したんだろうか。
 自分でも信じられなくて、呆然としてしまった。
 死んだ人が口づけで目を覚ますという、白雪姫という童話があった。
 もしかして……いや、そんなはずないか。そもそも、そんなことでどうにかなったら、苦労なんてしないんだから。
 僕は近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
 すると、なにか白い袋に当たって、中身が出てくる。
 そこには、ウィダー㏌ゼリーとスポーツドリンクがあった。
 菫さんが、僕のために持ってきてくれたんだろうか。
 だけど、僕はおもわず声を出して笑ってしまった。
 たしかにゼリーは食べやすくて、体調が悪い人にはうってつけなんだけど、まさかプロテインのゼリーを持ってくるなんて思わなかった。ヨーグルトだから、選んでしまったのかな。そうだとしたら、とんでもない天然だった。
 でも、胸が張り裂けそうなくらい嬉しかった。
 そして、意味とか、そういうことじゃないのかもしれないって、今ごろになって気づくことができた。
 大好きな彼女のために、なにかをせずにはいられなかった。
 ただ、それだけだったんだと思う。