僕がバイトをしている場所は、地元にあるチェーン店の本屋。
 学生にとっては放課後で、社会人にとっては会社終わりの時間だからか、レジのほうを見るとかなり混んでいた。
 控室に行くと、少し息を切らしている店長と出くわした。見るからに急いでいる様子で、僕は挨拶をだけして通り過ぎると、店長はにかりと笑った。
「いやー、いつも来るのが早くてえらいね。いつもギリギリに着て少しだけ遅刻してくる先輩とは大違いだよ」
 先輩のことだからあまり大きく笑えない僕に対して、店長は豪快に笑っていた。更衣室にいる先輩にもぜったいに聞こえているだろうから、たぶん注意も含めたものなんだろう。
 店長は、基本的に優しい。
 失敗しても怒らないし、気配りもしてくれるし。でも、遅刻やバックレに関してはとても厳しい人だった。だから遅刻をしたことがない僕には、きっと優しいんだろう。
「今日は村上春樹の新作が出て混んでるから、がんばってね」
「じゃあ、早めに入りましょうか?」
「良いの? じゃあ、お願いしようかな。レジに行ってもらって良い?」
 僕は更衣室で早めに着替えてから、早足でレジに向かう。不器用なりになるべく急いでかつ丁寧にこなし、なんとかピークの時間を越え、閉店することができた。
 控室でベンチに座って一息ついていると、店長が入ってきた。
「いやー、今日はありがとね」
「いえいえ」
「それにしても、今日混んだね」
「そうですね」
「店的には村上春樹が新作を出してくれたほうがありがたいんだけど、嶋野くんからしたら迷惑な話だよね」
 はははっと笑いながら、店長は僕の前の席に座った。
 でもそこで会話は途切れてしまって、他の人は帰ってしまったから物音一つしない。僕からはなんの話題もなくて、帰ろうかと思ったら、店長は「そういえば」と前置きをした。
「嶋野くんっていつも写真関係の雑誌を社販で買ってるけど、写真、好きなの?」
「はい、そうです」
「じゃあ、自分で撮ったりもするの?」
「そうですね。撮れる日はいつも撮ってます」
「すごいねー。かっこいいとは思うんだけど、値段とか考えたら中々ね。一眼レフカメラだと、何十万とかしちゃうんでしょ?」
「まあだいたいそれくらいしますね。でも、中にはお手頃なやつもありますよ。望遠レンズを買わなければ、安くもなりますし」
「へえ。もうすぐ娘も小学生になるから、買ってみようかな。そのときは、嶋野くんに相談しても良い?」
「はい、大丈夫です」
 僕が笑顔で頷くと、店長は大げさに笑ってお礼を言ってくれた。