菫さんの家に着くと、花さんが出迎えてくれた。
 輝さんは仕事で、蓮は大学の講義があるから今日はいないようだった。花さんも元々は仕事をしていたけど、菫さんのこともあってか、いっしょに住むのを機に退職したらしい。
「菫、まだ寝てるけど、入る?」
 そう、にこにこと笑っていた。
 けど、以前よりも白髪と皺が増えているのは、おそらく気のせいではなかった。目元も、少しだけ腫れていた。
 僕は頬を掻き、ゆっくりと頷く。
「はい、できれば」
 花さんはにこりと笑って、彼女の部屋に入れてくれた。きれいに掃除されていて、石鹸っぽい良い香りがする。
 僕はベッドの側まで椅子を持っていって、音を立てて起こしてしまわないように座る。手を包んで、彼女のことを見つめる。
 寝返りを打ったのか、長い黒髪が顔にかかっていて、鬱陶しそうだから退けてあげる。毛先まで手入れされていて、さらさらで艶があり、顔にも薄くだけどメイクが施されていた。
 おそらく花さんがしているんだろう。
 おそらく、もう自分ではメイクができないのかもしれない。
 そんなふうにしていれば、菫さんは目を覚ました。
 肩を叩いて声をかける。目をしょぼつかせていて、僕に気づくと柔らかく目じりを垂れさせた。つい、笑みを零してしまった。
「螢くん、できれば起きてから来てほしいんだけど」
 笑って誤魔化していると、彼女は唇を尖らせてからふふっと笑った。
 菫さんは起き上がろうとしていて、僕は体を支えてあげた。起き上がれば、運動した後みたいに小さく息を吐いた。
「お茶、取ってもらって良い?」
 僕は頷いて、机の上にあるペットボトルを取ろうとした。
 けど、体を強張らせてしまう。
 そこには紫色の花柄が入ったポーチがあって、大量の薬がむき出しになっていた。いつも、ペットボトルとセットにして置いてある。
 何度も見ているはずなのに、慣れてくれない。
 僕は見ないふりをしてペットボトルを取り、彼女に渡す。お茶を飲むと、菫さんは笑顔を向けた。
「今日は、どんな写真を見せてくれるの?」
 カメラを指さしながら彼女は言って、僕は「そうですね」と言ってカメラの電源を入れた。
 過去に撮ってきた写真を見せていく。今日は、高校時代に撮った写真たちだった。写真を見せながら、そのころの思い出を話すことが、一連の流れになっていた。
 こうなったのは、春を越えたくらいのときだった。
 今では、もう、菫さんは一時間も起きていられなくて、だから話せるのは、たった一つや二つだけだった。
 それなのに、どうして写真のことなんて話したいんだろう。
 分からないけど、菫さんが望んでいるなら、ただ従うだけだった。
 菫さんに楽しく過ごしてもらうのが、一番だから。