みんな、傘もってるなぁ。
 レジで仕事をしていながら、なんとなくそんなことを思った。
 たしか明日から梅雨入りで、夜になると雨が降るとお天気お姉さんが言っていたから、僕もビニール傘は持ってきていた。
 今日はバイトが終わったあと、菫さんと会う約束をしている。
 といっても、今日も変わらず会うのは家だから、関係のないことだった。泉場公園ではもう、四か月ほど待ち合わせをしていない。
 あのころが、すごく懐かしく感じる。
 でもそれは最早、しょうがないことだった。
 彼女にこれ以上、負担をかけるわけにはいかないのだから。
 一通り客が落ち着いてレジを離れようとしたら、店長に声をかけられた。申し訳なさそうに、後頭部を掻いていた。
「螢くん、少し相談があるんだけど、来週の金曜日とか午後から入れたりしない?」
「すみません、その日は予定があって」
「そっかそっか。じゃあしょうがないね」
 僕は会釈をして仕事に戻ろうとするけど、店長は「そういえば」と前置きをした。
「螢くんってシフトあまり入ってないけど、さいきん忙しいの?」
「まあ、そうですね。もう三年生なんで」
「そっかー。無理はしないようにね」
 店長はにっこりと笑って、僕はお辞儀をしてその場を後にした。
 淡々と本を陳列していると、センター試験対策の問題集を見つける。
 高校生のころに使っていたのと同じやつで、大学受験が一番つらかったな。そんなふうに思って苦笑いしてしまう。
 けど、目を落としてため息を零してしまう。握ってしわをつけてしまう前に、元の位置に戻す。
 あんな苦労して入った大学も、今ではサボりがちになっている。バイトに入っていないのも、本当は大学が忙しいからじゃなかった。
 菫さんに会うことを、なによりも最優先にしていた。
 大学もバイトも、べつに今じゃなくたってできることで、卒業さえできればなんだって良かった。今の僕に、そこまで熱意を持てるようなことなんて、そこにはないんだから。
 彼女はもう、外にすら出られなくなってしまっている。
 ということはつまり、時間はあまり残されていないのかもしてない。
 彼女との時間を大切にしたい。
 今の僕には、それしかなかった。
 だから、決めていた。
 夕方は菫さんに、全てを注ぐと。
 それが僕にできる、最善のことだと思うから。