ちらりと、壁にかけてある時計を菫さんは見た。
 いつの間にか時計の長い針は一周していて、いつの間にか、窓の奥も夕焼け色に染まり切って薄暗くなっていた。もう、菫さんの眠るときまで迫ってきていた。
 菫さんはカフェオレを飲み干し、足を組んでカップを置く。するとなぜか、真っ直ぐな眼差しで僕の目を見てきた。
「大学、しっかり通ってる?」
 つい体を強張らせて、視線を逸らしてしまう。
「はい、毎日通ってますよ」
 菫さんはじっと見据えてきて、喉を鳴らしてしまった。心の中を探られているみたいだった。口元を緩めて「そっか」と菫さんは言って、僕のバックを指さした。
「写真はなにか新しいの撮った?」
「そうですね、それなりには撮ってますよ」
 僕は電源を入れ、プレビューを開いた。この前に撮った雨の町並みと、大学に咲いている満開の桜。
 いろいろ見せていくと、菫さんは欠伸をした。そろそろ限界なようすで、寝るよう促すと彼女はベッドの中に入る。
 そして、水をすくうみたいにそっと手を握った。
「螢くん、おやすみ」
「おやすみなさい、菫さん」
 きゅっと優しく力を込めると、菫さんは目をとろんと細めて瞼を落とした。
 しばらく、僕はそのままでいた。頭を撫でても反応はなくて、彼女はぐっすりと眠っていた。気持ちが高ぶって、おもわず抱きしめたくもなるけど、どうにか頭と手に触れるだけで抑え込んでいた。
 いつも、こうして眠るまで側にいる。
 これは最近、菫さんから頼まれたことだった。旅行に行ったあの日、菫さんは僕が隣にいてくれて、普段よりも深く眠ることができたらしい。だから別に、僕にやましい気持ちがあったわけじゃない。まあどっちにしろ、そこまでの勇気なんて僕にはないだろうけど。
 目にかかっている前髪を横に流してあげると、彼女の頬がちょっと緩んだ。
 好きだなって、こういうとき思ってしまう。
 彼女だったら、いつまでも見ていられる気がしたけど、そんなわけにはいかない。
 守らなくちゃいけない約束があるから、僕はカメラを取り出して電源を入れた。
 いつもと違う、メモリーカードに差し替える
 そして、僕はあるものを撮った。