薄く伸びた影に目を落としていると、菫さんは僕の目の前で手を振った。それから、夕焼けに向かって指差した。
 菫さんの瞳は、海みたいに夕焼けが輝いていた。
「思っていたことなんて、ほんとに、なんでもないことだったの。ただ、螢くんといっしょに見れて良かったなって、そう思っただけ。本当に、それだけなの」
 菫さんは海風に逆らうように、めいっぱい笑っていて、花が咲いているみたいだった。
 僕の手を、きゅっと握った。
 ほんの少しだけ震えているのを、今度は見逃さなかった。
「他の人には、この景色がどんなふうに咲いてるんだろうね」
 なびく髪を押さえながら、菫さんは僕の目を見つめていた。
 頭の中を覗いてくるような、澄んだ眼差しだった。
 菫さんには、僕がどんなふうに見えているんだろう。
 絶対に口にはしないだろうけど、どんくさいとか、気が利かないとか、思っている可能性もある。
 もしそうだとしたら、僕は立ち直れないだろうな。考えただけで、落ち込んでしまいそうになる。
 でも思えば、それも僕から見えた景色でしかないのかもしれない。
 ぜんぶ、僕の想像でしかないんだから。
 少し元気が戻ってきた菫さんは、大きく伸びをして立ち上がり、僕たちはホテルに戻ることにした。お互い、部屋でシャワーを済ますことにした。僕が上がったころには、菫さんはベッドに寝転んでいて、僕は電気を消そうとするけど。
「楽しかったね」
 振り返れば、菫さんは俯せのままこっちを向いていた。
「寝てたのかと思いました」
「寝てないよ」
「寝なくて良いんですか?」
「大丈夫、まだ」
 枕に顔を沈めて、声を籠らせていた。椅子に座っていると、菫さんは僕の名前を呼んで手招きをした。となりのベッドに腰掛けると、菫さんは枕元にからひょこっと顔を出して、手をかざしてきた。
「写真、見たいな」
 僕は頷き、カメラをプレビュー状態にして渡す。菫さんは見ている間、何度も欠伸をしていた。とても眠たそうで、僕はペットボトルの水を渡す。
 でも彼女は、ペットボトルの蓋すら開けられなくなっていた。
「ごめん、空けてもらって良い?」
「あ、はい」
 開けてあげると、ほんのちょびっとだけ飲んだ。いくつか見てから、僕のほうをすっと見上げた。
「写真、撮る回数減ってたりする?」
「そんなことは、ないと思いますけど」
「そっか」と菫さんは欠伸をしながら、カメラをこっちに向けた。もう、満足したんだろうか。とりあえず、受け取ろうとした。
 けれど、菫さんは手を離してくれなかった。