「だから」
「菫さん」
螢くんは言葉を遮るように、私の唇に、そっと人差し指を重ねた。その視線の先には、私を見つめて微笑む、螢くんがいた。
「菫さんのおかげなんです。写真を撮る楽しさを、思い出せたのは。だから僕は、菫さんのためになにかしたいんです」
目を何度か瞬きしてしまうと、彼は口から手を離し、私と目を合わせたまま手を握ってきた。
その手は、少しばかり震えている気がした。
「ぜったい、楽しくしてみせます。僕を、信じてくれませんか?」
私はゆっくり頷いた。
けど、ずっと下を向いていた。
口の中で転がしている綿あめみたいに、顔が綻んでいくのが止まってくれなくて、手で顔を覆ってしまう。顔を上げることなんて、できるはずもなかった。
無理だと思いつつ、密かに行きたいとは思っていた。そのことに気づいてくれていた、ということもあるけど、それが一番ではなかった。
私はずっと支えられてきた。
病院の方たちや学校の先生と同級生たち、家族。
そして、螢くん。
本当に、いろいろな人たちに。
それなのに家族を壊して、隠しごとをして螢くんを傷つけて、助かりもしないのに迷惑ばかりかけ続けて。
本当に、どうしようもないのに。
それでも螢くんは、私のおかげだと言ってくれている。
こんなことを言われたのは今までなくて、私はどんな顔で螢くんを見れば良いんだろう。
だれかのためになること。
こんなこと、だれかにとってはすごく些細なことなんだと思う。
でも、私にはなにより特別なことなのかもしれない。
だって、こんなにも胸が張り裂けそうな気持ちになったのは、生まれて初めてだったから。
「菫さん」
なぜかティッシュを差し出してきた。
見上げると螢くんの眉は垂れ下がって、じっと私を心配そうに見据えていた。首を傾げてしまうと、螢くんは頬の当たりにティッシュを当てた。
見てみると、濡れていた。
泣いてるんだ、私。
「大丈夫、ですか?」
螢くんは、ぽんぽんと涙を拭ってくれた。
自覚したからなのか、どんどん視界がぼやけていく。きゅっと服の裾を握り、私は首を縦に振って彼を見つめたら、あっという間に笑顔なっていた。
「螢くん、ありがとう」
固まっていた螢くんだけど、少ししたらいっしょに笑ってくれた。そのあと私は、また涙が溢れ出てしまった。
螢くんが帰ってしまうと、とたんに眠くなってくる。なんだか、今日はいつもよりぐっすり寝られる気がした。
布団に入っても中々寝つけなくて、気絶してしまうことが多かった。
だけど螢くんのことを思っているうちに、いつの間にかちゃんと眠れる日が多くなっていた。理由は分からないけど、螢くんを思い出したり写真を見たりしていると、なんだか心が穏やかになることは確かだった。
一時期会わなくなったときから、いつの間にか、螢くんは私の中で大きくなっていた。
気づけば、思い浮かべるのは彼のことばかりになっていた。
それといっしょに、不安でいっぱいだった、ずっと。
写真のために、一緒にいるんじゃないかって。
でもそうじゃないんだって、さっき、螢くんは教えてくれた。だから涙が出てしまったのは、たぶん、そういうことなんだと思う。
さっきの「ありがとう」には、本当は続きがある。
だけど零れ落ちる前に、ぎゅっと心の奥深くに押し込めていた。
限りないくらい積もっていくけど、ぜったいに口にしてはいけない。
散っていくだけの、実を結ばない花。
あだ花にはふさわしくない、そんな言葉だった。
「菫さん」
螢くんは言葉を遮るように、私の唇に、そっと人差し指を重ねた。その視線の先には、私を見つめて微笑む、螢くんがいた。
「菫さんのおかげなんです。写真を撮る楽しさを、思い出せたのは。だから僕は、菫さんのためになにかしたいんです」
目を何度か瞬きしてしまうと、彼は口から手を離し、私と目を合わせたまま手を握ってきた。
その手は、少しばかり震えている気がした。
「ぜったい、楽しくしてみせます。僕を、信じてくれませんか?」
私はゆっくり頷いた。
けど、ずっと下を向いていた。
口の中で転がしている綿あめみたいに、顔が綻んでいくのが止まってくれなくて、手で顔を覆ってしまう。顔を上げることなんて、できるはずもなかった。
無理だと思いつつ、密かに行きたいとは思っていた。そのことに気づいてくれていた、ということもあるけど、それが一番ではなかった。
私はずっと支えられてきた。
病院の方たちや学校の先生と同級生たち、家族。
そして、螢くん。
本当に、いろいろな人たちに。
それなのに家族を壊して、隠しごとをして螢くんを傷つけて、助かりもしないのに迷惑ばかりかけ続けて。
本当に、どうしようもないのに。
それでも螢くんは、私のおかげだと言ってくれている。
こんなことを言われたのは今までなくて、私はどんな顔で螢くんを見れば良いんだろう。
だれかのためになること。
こんなこと、だれかにとってはすごく些細なことなんだと思う。
でも、私にはなにより特別なことなのかもしれない。
だって、こんなにも胸が張り裂けそうな気持ちになったのは、生まれて初めてだったから。
「菫さん」
なぜかティッシュを差し出してきた。
見上げると螢くんの眉は垂れ下がって、じっと私を心配そうに見据えていた。首を傾げてしまうと、螢くんは頬の当たりにティッシュを当てた。
見てみると、濡れていた。
泣いてるんだ、私。
「大丈夫、ですか?」
螢くんは、ぽんぽんと涙を拭ってくれた。
自覚したからなのか、どんどん視界がぼやけていく。きゅっと服の裾を握り、私は首を縦に振って彼を見つめたら、あっという間に笑顔なっていた。
「螢くん、ありがとう」
固まっていた螢くんだけど、少ししたらいっしょに笑ってくれた。そのあと私は、また涙が溢れ出てしまった。
螢くんが帰ってしまうと、とたんに眠くなってくる。なんだか、今日はいつもよりぐっすり寝られる気がした。
布団に入っても中々寝つけなくて、気絶してしまうことが多かった。
だけど螢くんのことを思っているうちに、いつの間にかちゃんと眠れる日が多くなっていた。理由は分からないけど、螢くんを思い出したり写真を見たりしていると、なんだか心が穏やかになることは確かだった。
一時期会わなくなったときから、いつの間にか、螢くんは私の中で大きくなっていた。
気づけば、思い浮かべるのは彼のことばかりになっていた。
それといっしょに、不安でいっぱいだった、ずっと。
写真のために、一緒にいるんじゃないかって。
でもそうじゃないんだって、さっき、螢くんは教えてくれた。だから涙が出てしまったのは、たぶん、そういうことなんだと思う。
さっきの「ありがとう」には、本当は続きがある。
だけど零れ落ちる前に、ぎゅっと心の奥深くに押し込めていた。
限りないくらい積もっていくけど、ぜったいに口にしてはいけない。
散っていくだけの、実を結ばない花。
あだ花にはふさわしくない、そんな言葉だった。