「青い花を飾っているのはね、私のためでもあるのよ」
「どういうことですか?」
 彼女は目を落として、自分の指を撫でる。少しだけ、乾燥している指だった。でもそれは仕事を頑張っているからだと、私は知っている。
 こんなこと怒られるから絶対に美里さんの前では言わないけど、私は美里さんの手のほうが羨ましかった。
 私の手は、なにもしていないからきれいなだけ。
 だから、自分の手があまりすきではなかった。
 だけど美里さんは、私の手を見て、「いつ見てもきれいな手ね」と微笑む。でもそこに悪気がないのは分かっているから、私はいつも「でしょ?」と笑うことができた。
「菫ちゃんみたいに肌がすべすべだったころは、こう見えてかなりのあがり症だったのよ? それをどうにかしたくて、青い花を飾ってみたの。最初は気休めのつもりだったんだけど、触ってると、意外とこれが落ち着くのよね」
 言葉じりを弱くして、美里さんはまたカーネーションに触れた。私は少し、呆然としてしまった。美里さんにもそんな時期があったなんて、想像もできない。
 美里さんはこっちに目を澄まし、頬杖をついた。
「今だから、思うのよ。人って、なにかに縋ってるぐらいがちょうど良いのかなって」
 にいっと口元を小さく笑わせて、また私の頭をぽんぽんと叩いた。私は俯いたまま黙ってしまった。
 それから数十分の簡単なカウンセリングを受けて、私は診察室を出た。薬をもらってから待合所に行けば、蓮は私の本をぽいっと横に置いてスマホをいじっていた。
「お待たせ」
「おう。んじゃ、行こっか」
 蓮はこっちをちらりと見てから、仏頂面で先を歩いていき、私は追いかけてとなりに並んだ。
 今日の行先は、ここら辺で少し話題になっているカフェ。
 私たちは毎週水曜日、会ってなにかをしようと決めていた。
 これを提案してきたのは、蓮から。
 思えば、私が退院したくらいのときだった。
 とつぜん電話してきて、『カラオケ行こうぜ』と言ってきたことが始まりだった。今まで年に数回しか連絡を取ることなんてなかったから、本当にびっくりしたのを覚えている。
 それからは、やりたいことを交互に決めている。
 そういえば、どうしてあんなこと言ってきたんだろう。今さら気になって蓮に聞いてみると、ぷいっと目を逸らして前髪に触れた。
「さあ、なんとなく」
 それだけを言ってポケットに手を突っ込み、「最近寒くなってきたな」なんて全く関係ない話しをしてきた。私がふふっと笑ってしまうと、蓮は睨んできた。でも、すぐに目元は柔らかく半円を描いていく。
 蓮はすかしているように見えがちだけど、意外と分かりやすい。幼いころから、それだけはずっと変わらない。
 植物病だと分かって、蓮は私と距離を取るようになった。
 もしかしたら、どんなふうに関われば良いのか、分からなくなってしまったのかもしれない。私も、同じだったから。
 本当は、私から歩み寄れば良かったんだろうけど、できなかった。
 そのころの私は、中学生。
 思春期真っ盛りで、そんな余裕はなかったんだと思う。
 そのせいで、気づかないうちに素っ気なくなって、親の中は悪くなって、別居して、離婚して。
 なにもかも私のせいだと、あのころは感じていた。
 だけどもしかしたら、そのことに一番責任を感じていたのは私じゃなくて、蓮なんじゃないかって、今なら思う。
目的地であるカフェ、『リオン』に着く。
 ドアを開けるとカランカランっとベルが鳴って、四角いテーブル席に案内される。コーヒーを二つと、キャラメルクリームパンケーキを注文した。