私、哀川菫は病院の待ち合い場所で座っていた。
 今日は水曜日だから、先生に診察してもらう日だった。
 あたりを見渡せば、いつもより人が多くて、待ち時間もすでに倍くらい過ぎていた。私は本を読んでいると、となりで蓮が欠伸をしているのが目に入る。
「今日は結構混んでるね」
「そうだな。暇だから、姉さんの本貸してよ」
「いつも借りてくるけど、自分で持ってこないの?」
「やだよ。荷物増えるし」
 私は少し睨んでから、ため息交じりに本を渡すと、蓮は「さんきゅ」とだけ言ってそそくさと読み始めた。私はもう一度息を吐き、本に目を据える。いちいち気にしていたら、切りがない。
 そんなにだるかったら、来なくても良いのに。
 そんなふうに毎回思ったりもしている私だけど、一度たりとも口にすることはなかった。それを言っちゃいけないことくらい、私にも分かっている。
 病院には、かなり慣れている。
 十年くらい通っているから、当たり前なのかな。
 それでも、気の置ける誰かがいっしょにいてくれると、なんだか心強い気はするものだった。
 だから、蓮には感謝している。
 ぜったいに、本人には言わないけど。
 私の名前が呼ばれて、診察室に足を踏み入れる。
 入るとまず目につくのは、青いカーネーション。透明な細長い花瓶に入れて、机に飾られていた。
 白衣のボタンをしっかりと留めて着ていて、さらさらな茶髪を後ろでまとめる女性が、私を担当してくれている美(み)里(さと)さん。彼女はここに初めて来たときからの付き合いで、かれこれ長いことお世話になっている先生だった。
 美里さんはじっと手元にあるファイルに目を据えてから、徐にこっちを見上げると、うっすらと口角を上げていた。
「レントゲン見たけど、あまり変化はないから大丈夫よ」
「そうですか」
 私はぼんやりとレントゲンを見ながら、いつも通りの返事をする。ほっとしていいのか、落ち込んでいいのか、よく分からないからこう言うしかなかった。
 でも今すぐどうこうならないなら、とりあえず一安心なのかもしれない。
「菫ちゃん、なんか変わったわね。それも、良い方向に」
「えっ、そうですか?」
 首を傾げてしまうと、美里さんはにいっと唇の端をさらに上げる。
「螢くんっていう子と会うようになってから、表情が明るくなったもの」
 頬に触れてみるけど、また首を傾げてしまう。いつもといっしょのような気がして、変わったといえば、少し肌が乾燥してきたくらい。
 美里さんのほうを見遣ると、柔らかく目を細めて私の頭を撫でてきた。成人してからも子ども扱いしてくるのは、なぜか変わらない。
 彼女はカーネーションに目を向け、そっと花弁に触れた。
 青い花を飾っているのは、たしか、患者さんに少しでも落ち着いてもらうためだと言っていたのを思い出した。
「美里さんって落ち着いてるから、青い花がよく似合いますよね」
 花に目を据えていると、ついそんな言葉が零れていた。落ち着いた雰囲気や、柔らかい大人な物腰は、とても板についていると思うから。
 美里さんはぱっと手を離して、もう片方の手を握った。首を傾げてしまうと、苦笑いをしてこっちを向いた。