チョコレートを食べていると、ため息が耳に入る。菫さんは空を見上げていて、僕もつられてしまう。
けど、僕はすぐに自分の手へと振り向いてしまう。
「ブルーモーメント、だよね?」
そう、囁いたと同時に。
僕の手が、柔らかくて、冷えていて、小さなものに包まれる。
菫さんは、僕の手を握っていた。
おもわず彼女の手に目を凝らしてしまうけど、菫さんは涼しい表情でずっと空を見つめているのが、視界の片隅にぼんやりと映る。
これは、どうしたら良いんだろう。
離すべきなんだろうか。そのままにしておくべきなんだろうか。それとも、握り返すべきなんだろうか。
僕はちらりと見遣ると、菫さんはこっちを向いていた。けど、僕はとっさに逸らしてしまう。ずっと、そんなことの繰り返しだった。
どうしてか、菫さんは笑っていた。
怒って、いないんだろうか。
このままではらちが明かなくて、世間話でもした方がまだマシだろうか。そう思いつつも、なにも言葉は出てこないけど。
「初めて会ったときも、いっしょに見てたね」
「そう、ですね」
僕はつい、言葉を詰まらせてしまった。ちらりと手元を見ては、また足元に目を落としていた。
菫さんの指がもっと絡んできて、こそばゆかった。
手汗、ひどくないだろうか。
そんなどうでも良さそうなことばかりが、いつまでも気がかりだった。
「今さらなんだけど、ブルーモーメントって言葉、よく知ってるよね」
「それは、まあ、その、ちょっとした若気の至りと言いますか」
「どういうこと?」
「僕、中学生のころみんなと同じことが嫌だったんです。だから写真部で夕日の写真を撮るって決まったときに調べて、ブルーモーメントを見つけたんです」
「螢くんにも、そんな中二病みたいなころがあったんだね」
菫さんはくすくすと笑っていた。僕もつられて笑いながらも、彼女を見ることはできなかった。
なんでこんなことを話しているんだろう。こんなダサいこと、墓場まで持っていくつもりだったのに。でも案外すっきりしていて、つまっているものが抜けるみたいだった。
菫さんを目の端で見ていると、笑みがいっそう深まってしまう。それにいつの間にか、彼女の手は温かくなっていた。
ただ、笑ってくれるならそれで良いのかもしれない。
「そういえば、螢くんはどうして写真が好きなの?」
「そうですね、そんな大したことではないんですけど……」
僕は頬を掻きながら、一つずつ記憶を掘り返して、言葉にしていく。
写真を撮るようになったのは、商店街の人に頼まれたことがきっかけだった。
あのときは貸してもらったデジタルカメラで、フミさんの息子さんとその義娘さん夫婦のツーショットを、母さんに手伝ってもらいながら撮った。
そのときは色んな人に、上手とか、天才とか、大げさに褒めてもらった。
まだ幼かった僕はそんな言葉を間に受けて、その年の誕生日プレゼントはデジタルカメラをねだっていた。今も、大切に部屋に置いてある、銀色のやつだった。
けど写真を好きになった理由は、褒めてもらえたからではなかった。
よく、覚えている。
撮ったあと、満面の笑みで僕の頭を撫でてくれて、温かくて、また感じてみたいと思ったことを。
それから僕は写真を撮り続けて、今でも、それは変わらなくて。
僕はポートレートが、なにより好きだった。
話し終えると菫さんはじっと、僕と彼女の繋がった手を見つめた。
手を離すタイミングも、必要も、気づけばなくなっていた。
けど、僕はすぐに自分の手へと振り向いてしまう。
「ブルーモーメント、だよね?」
そう、囁いたと同時に。
僕の手が、柔らかくて、冷えていて、小さなものに包まれる。
菫さんは、僕の手を握っていた。
おもわず彼女の手に目を凝らしてしまうけど、菫さんは涼しい表情でずっと空を見つめているのが、視界の片隅にぼんやりと映る。
これは、どうしたら良いんだろう。
離すべきなんだろうか。そのままにしておくべきなんだろうか。それとも、握り返すべきなんだろうか。
僕はちらりと見遣ると、菫さんはこっちを向いていた。けど、僕はとっさに逸らしてしまう。ずっと、そんなことの繰り返しだった。
どうしてか、菫さんは笑っていた。
怒って、いないんだろうか。
このままではらちが明かなくて、世間話でもした方がまだマシだろうか。そう思いつつも、なにも言葉は出てこないけど。
「初めて会ったときも、いっしょに見てたね」
「そう、ですね」
僕はつい、言葉を詰まらせてしまった。ちらりと手元を見ては、また足元に目を落としていた。
菫さんの指がもっと絡んできて、こそばゆかった。
手汗、ひどくないだろうか。
そんなどうでも良さそうなことばかりが、いつまでも気がかりだった。
「今さらなんだけど、ブルーモーメントって言葉、よく知ってるよね」
「それは、まあ、その、ちょっとした若気の至りと言いますか」
「どういうこと?」
「僕、中学生のころみんなと同じことが嫌だったんです。だから写真部で夕日の写真を撮るって決まったときに調べて、ブルーモーメントを見つけたんです」
「螢くんにも、そんな中二病みたいなころがあったんだね」
菫さんはくすくすと笑っていた。僕もつられて笑いながらも、彼女を見ることはできなかった。
なんでこんなことを話しているんだろう。こんなダサいこと、墓場まで持っていくつもりだったのに。でも案外すっきりしていて、つまっているものが抜けるみたいだった。
菫さんを目の端で見ていると、笑みがいっそう深まってしまう。それにいつの間にか、彼女の手は温かくなっていた。
ただ、笑ってくれるならそれで良いのかもしれない。
「そういえば、螢くんはどうして写真が好きなの?」
「そうですね、そんな大したことではないんですけど……」
僕は頬を掻きながら、一つずつ記憶を掘り返して、言葉にしていく。
写真を撮るようになったのは、商店街の人に頼まれたことがきっかけだった。
あのときは貸してもらったデジタルカメラで、フミさんの息子さんとその義娘さん夫婦のツーショットを、母さんに手伝ってもらいながら撮った。
そのときは色んな人に、上手とか、天才とか、大げさに褒めてもらった。
まだ幼かった僕はそんな言葉を間に受けて、その年の誕生日プレゼントはデジタルカメラをねだっていた。今も、大切に部屋に置いてある、銀色のやつだった。
けど写真を好きになった理由は、褒めてもらえたからではなかった。
よく、覚えている。
撮ったあと、満面の笑みで僕の頭を撫でてくれて、温かくて、また感じてみたいと思ったことを。
それから僕は写真を撮り続けて、今でも、それは変わらなくて。
僕はポートレートが、なにより好きだった。
話し終えると菫さんはじっと、僕と彼女の繋がった手を見つめた。
手を離すタイミングも、必要も、気づけばなくなっていた。