夜の帳が、もうすぐそこまで来ていた。
 でも、まだぎりぎり夕方だった。
 公園に着いた僕は、息を深く一つ吐いて、足を踏み入れる。
 街灯が眩しく遠くが見えなくて、彼女がいるかはまだ分からない。引き返してしまいたくなるけど、そんな足をひっぱたいて進んだ。
 光が、開けていく。
 道路の騒音に紛れるように心臓の音がどんどん大きくなって、手のひらに汗が溜まっていき、ライトで生まれた影に目がいってしまう。
 いなければ、楽なんだろうな。
 ここまで来ても、そんなふうに心が揺れてしまう。
 すると、「にゃー」という声がして、だれの鳴き声なのかはすぐに分かった。
「なんだ、君だったんだね」
 僕がしゃがむと近づいてきて、真っ白な毛並みに沿って撫でてあげる。僕の腕にすり寄ってくるものだから、つい頬を綻ばせてしまった。
 さっきまで張り詰めていたものが、口の中で飴を転がすみたいに溶けていく。
 最近会っていなかったから、存分に毛並みに浸っていると、ふと思うことがあった。
 そういえば、白猫と出くわすときは、いつだって彼女がいた。
 もしかして。
 ゆっくりと顔を上げて、いつも彼女と会っていたベンチのほうを見据えた。すると風が吹き抜けて、僕はおもわず瞼を下げてしまった。
 でも、うっすらと白いふわふわとしたものが見えた。
 そこから目を離さず、立ち止まりそうになる足を引っ張り上げて近づく。
 白のワンピースにクリーム色のもこもこしたカーディガン、それらが霞んでしまいそうなくらい真っ白な肌、そしてカンカン帽。
 もう少し近づけば、大きなくりっとしたかわいらしい瞳が僕を捉えた。
「螢、くん?」
 車のクラックションも、枯れ葉の転がる音も、なにもかも覆ってしまうほど。
 僕を呼ぶ声が、真っ直ぐ耳に届いていた。
 おもわず、立ち尽くしてしまった。
 その瞳は青紫色に光っていて、とても透き通っていて、空みたいにどこまでも続いているんじゃないかと思わされる。
 ブルーモーメントが、浮かんでいるみたいだった。
 見間違うことなく、菫さんだった。
 僕はいつまでもぼうっとしていると、菫さんは一度口を開きかけてから、そっと口を閉ざしてそのままベンチに座ってしまった。
 たぶん、怒ってるんだろうな。
 やっぱり、もうこれ以上関わらないが良いのかな。
 そんなふうに頭を悩ませてしまいつつも、白猫を抱きかかえて、ゆっくりな足取りで側まで向かった。
 ひと二人分くらい開けて、となりに腰を下ろす。
 話しかけてくれるのかな、という淡い期待を抱きつつ横目で何度か見るけど、菫さんはもくもくとチョコレートを食べていた。
 それに、あのころよりペースが増している気がする。しかもこういうときに限って白猫はいなくなっていて、会話の切り札もなくなってしまった。
 僕はどうすることもできず、ただ雲の流れを目で追っていた。時間の流れが、やけに遅く感じていた。
 これは、どうしようもないのかもしれない。
 そんなふうに思っていると、目の前になにかが出てきて、肩を強張らせてしまう。
 よく見るとそこにあったのは、菫さんの細くて白い手と、ビターチョコレート。これは、僕の好きな種類のチョコだった。
「ありがとうございます」
 そう言って受け取っても、菫さんはこっちを向いてはくれなかった。
 でも、僕はついくすりと笑ってしまった。
 たぶん、自分だけ食べているのは悪いと、菫さんは思ったんだろう。僕から見える彼女は、そういう人だった。