「彼岸花はね、花が咲いたあとに、葉が伸びてくるの。だからこれはねぇ、花と葉がお互いに殺し合ってそうなった、という理由で、こんな名前をつけられたと言われているらしいのよぉ」
フミさんは、とても楽しそうに話していた。それは、たぶん。
「それは、旦那さんから聞いたんですか?」
心の中で、旦那さんとの思い出に浸っているんではないかと思ったから。
フミさんは、よりいっそう目を細めて頷く。
「私は、泣いてしまったのよ。あの人が次の日に死ぬのは、決まっていたから。たぶんあの人は話しながら、私の不安をどうにか紛らわそうとしてたんだと思うわ。でも、私にそんな余裕はもうなかったの。涙が、止まらなかったの。
そのとき、あの人なにをしたと思う?」
「抱きしめた、とかですか?」
ありきたりだけど、一番心が安らぐと思った。それに、僕ならそうすることしかできない気がする。
でもフミさんは首を横に振り、目じりの皺を深くした。
「食べたのよ、彼岸花を」
僕はおもわず固まって、首を傾げてしまった。まったくもって理解ができなかった。
でも、一つ思った。
彼岸花には、毒がある。
まさか、亡くなったのって。
「大丈夫よぉ、けっきょくお腹壊しただけだから」
僕の表情から汲み取ったのかフミさんは、はっはっはっと、体をうずくまらせるほど笑っていた。ほっとしつつも、僕もつられて笑ってしまう。
「そのときにねぇ、『彼岸花の葉っぱが伸びてきたら、またいっしょに見に来よう』って言ってくれたのよぉ、あの人。たぶん、精一杯の励ましだったんだろうねぇ」
顔を赤くとろけさせていて、お孫さんが甘いチョコレートを食べているときにそっくりだと思った。
まるで、若い頃のフミさんが目の前にいるのかと思わされるくらい、恋する乙女のような微笑みを浮かべていた。
ずっと、笑っていたフミさん。
そんなフミさんの顔から、ゆっくりと幕を下ろすみたいに笑みが閉じていく。過去から、フミさんが舞い戻ってくる。
僕をちらりと見てから、彼岸花に目を落とす。
「そんなに大切な人でもねぇ、少しずつ思い出は抜け落ちていくものなの。
たとえ私にとって、とこ花、のような人だったとしてもね」
僕は首を傾げてしまう。
とこ花って、なんだろう。
なにかの、花の名前だろうか。
気になったけど、今はあまり聞くに気になれなかった。そういう雰囲気じゃないじゃないのは、なんとなく感じていたから。
フミさんは彼岸花をわが子のように撫でて、一つずつ言葉を紡いでいった。
彼岸花を見ているけど、なんだか今ここにはいないように思えた。自分でもどういうことなのかは上手く表現できないけど、僕にはそう見える気がしていた。
どうやら健一さんは人見知りが激しく、フミさんとでさえ、写真を撮ることを拒んでいたらしい。
フミさんは一度家の中へと戻り、あるものを持ってきた。
それはフミさんと健一さんと思われる、ツーショットの白黒写真だった。
聞いた通り、健一さんはぶすっとした顔をしていて、それに比べてフミさんは今と変わらない、きれいな満面の笑みを浮かべている。
愛し合っている、という言葉がしみじみと伝わってくる。
フミさんは、とても楽しそうに話していた。それは、たぶん。
「それは、旦那さんから聞いたんですか?」
心の中で、旦那さんとの思い出に浸っているんではないかと思ったから。
フミさんは、よりいっそう目を細めて頷く。
「私は、泣いてしまったのよ。あの人が次の日に死ぬのは、決まっていたから。たぶんあの人は話しながら、私の不安をどうにか紛らわそうとしてたんだと思うわ。でも、私にそんな余裕はもうなかったの。涙が、止まらなかったの。
そのとき、あの人なにをしたと思う?」
「抱きしめた、とかですか?」
ありきたりだけど、一番心が安らぐと思った。それに、僕ならそうすることしかできない気がする。
でもフミさんは首を横に振り、目じりの皺を深くした。
「食べたのよ、彼岸花を」
僕はおもわず固まって、首を傾げてしまった。まったくもって理解ができなかった。
でも、一つ思った。
彼岸花には、毒がある。
まさか、亡くなったのって。
「大丈夫よぉ、けっきょくお腹壊しただけだから」
僕の表情から汲み取ったのかフミさんは、はっはっはっと、体をうずくまらせるほど笑っていた。ほっとしつつも、僕もつられて笑ってしまう。
「そのときにねぇ、『彼岸花の葉っぱが伸びてきたら、またいっしょに見に来よう』って言ってくれたのよぉ、あの人。たぶん、精一杯の励ましだったんだろうねぇ」
顔を赤くとろけさせていて、お孫さんが甘いチョコレートを食べているときにそっくりだと思った。
まるで、若い頃のフミさんが目の前にいるのかと思わされるくらい、恋する乙女のような微笑みを浮かべていた。
ずっと、笑っていたフミさん。
そんなフミさんの顔から、ゆっくりと幕を下ろすみたいに笑みが閉じていく。過去から、フミさんが舞い戻ってくる。
僕をちらりと見てから、彼岸花に目を落とす。
「そんなに大切な人でもねぇ、少しずつ思い出は抜け落ちていくものなの。
たとえ私にとって、とこ花、のような人だったとしてもね」
僕は首を傾げてしまう。
とこ花って、なんだろう。
なにかの、花の名前だろうか。
気になったけど、今はあまり聞くに気になれなかった。そういう雰囲気じゃないじゃないのは、なんとなく感じていたから。
フミさんは彼岸花をわが子のように撫でて、一つずつ言葉を紡いでいった。
彼岸花を見ているけど、なんだか今ここにはいないように思えた。自分でもどういうことなのかは上手く表現できないけど、僕にはそう見える気がしていた。
どうやら健一さんは人見知りが激しく、フミさんとでさえ、写真を撮ることを拒んでいたらしい。
フミさんは一度家の中へと戻り、あるものを持ってきた。
それはフミさんと健一さんと思われる、ツーショットの白黒写真だった。
聞いた通り、健一さんはぶすっとした顔をしていて、それに比べてフミさんは今と変わらない、きれいな満面の笑みを浮かべている。
愛し合っている、という言葉がしみじみと伝わってくる。