「なあ、螢」
「なに?」
 応えるけど、僕はスマホにずっと視線を向けていた。オフラインでもできる無料のゲームを、ひたすら進めていく。
 どうせ、この場を繋ぎだろうから。
 ゲームを進めていくけど、ぜんぜん記録が伸びない。だけど、あまりイライラしたりはしなかった。
 それは、蓮を横目で見てしまうから。
 どうして、急に黙り出したんだろう。顎に指を添えたり、ちらちらと僕のほうを見たり、窓の外を見たりと、落ち着きがない。
「蓮、どうしたの?」
 おもわず聞いてしまう。
 普段の蓮なら、余計なことまでずばずば言うはず。それなのに、今はこんなにくよくよとしている。
 こんなの、蓮らしくない。
 そこまで言いにくいことなんだろうか。
 蓮は覚悟を決めたのか、浅く息を吐いて口を開く。
「なんか、あったのか?」
 蓮はもみあげに触れながら、どこか不安気に眉を顰めて言った。僕は目を丸くしてしまってから、視線を落としていた。頬を掻いてしまい、背中の辺りから変な汗がじんわりと出てくる。
 気づいたんだろうか、菫さんと会っていたことに。
「どうして?」
「最近、変だなって」
 蓮が視線を逸らしていくのが、ぼんやりと目の端で見えた。
 どうしよう。どう答えれば良いんだろう。そんなふうに頭の中がぐるぐる混乱してきて、ひとまず、口角を上げて、目を細めて蓮のほうを向いた。
「そうかな。僕は、普通だよ」
 するとこっちを横目で見てきて、目がじゃっかん大きく開いた。蓮は自分のうなじを手でなぞってから、下していく勢いのままに太ももを叩いて、音を響かせた。
「俺ら、さ……いや、そうだよな」
 蓮は細い声で言って、少しうなだれて、なんだか独り言みたいだった。だからどう答えて良いのかも分からなくて、固まってしまう。背を向けて大きく伸びをしてから、蓮はポケットに手を突っ込んで上を向いた。
「なにかあったら、言えよな」
 蓮は手をひらひらと振って、教室を出ていく。僕はその後を見ながら、ぼうっとしてしまった。廊下のざわざわとした人の気配と、効きすぎた暖房が、いっそうそうさせてくる。
 蓮は、気づいているのかな。
 もう、菫さんと会っていないことに。
 菫さんは植物病で、たぶん検査とか薬とかがあるから毎週水曜日に病院に行っていて、そこに蓮も付き添っているんだろう、おそらく。
 本当にお姉さん思いなんだな、蓮って。
 でもよくよく考えれば、蓮なんだから当たり前なのかもしれない。
 もしかして、蓮といたほうが、充実した日々を送れるんじゃないだろうか。
 植物病だと知ってから、ずっとそんな思いがちらついていた。
 だから、僕は彼女に会えなかった。
 けれど今は、それでよかったと思っている。
 たった数週間の思い出より、家族の思い出のほうがずっと大きいだろうから。