大学の講義が終わるのに合わせて、声が飛び交い始める教室。さっきまであんなにダルそうな顔をしていたのが、まるで嘘みたいに大きな声で笑っている。
 そんな中で、僕はもくもくと片づけをしていた。
 さっさと帰ってしまおう。
 そう思っていたのだけど、だれかに肩を叩かれる。話しかけてくるのなんて、たった一人しか浮かばない。
 振り返ると、なにかが頬に突き刺さった。
「螢、ほんと素直すぎ」
 こうして忘れたころにちょうど合わせて、蓮はなにかといたずらをしてくる。その度に文句を言いながらも、最後にはぜったいに笑っていたと思う。
 前までは、たしか。
「そうだね」
 けど、僕は口元だけを緩めていた。たぶん、だれが見ても分かるくらい、ぎこちない作り笑いだったと思う。
 それから僕は、もくもくと荷物を片付けていく。
 でも一定のテンポで、ゆっくり進める。
 僕が先に帰ろうとしたら、蓮はついてくるかもしれない。だから、蓮が飽きて帰るのを待っていた。
 けどそんな気持ちとは裏腹に、蓮は机に寄りかかり、なぜか笑顔を浮かべた。
「もう、真っ暗だな」
 蓮は窓の外に目を据えていて、僕もつられて横目で見てしまう。
 いつの間にか、窓から見える景色は黒く塗りつぶされていた。街灯と車のライトで、ちらほら怪しげに黄色くなっている。
 夜になるの、こんなに早かったっけ。
 毎週のようにこの時間には講義が入っていて、その度に窓の外は目に入っていたはずなのに、そんなことを思ってしまう。
 秋だから、夏より早いのは当たり前なのに。
 毎日が退屈で、一秒一秒が長く感じる。それなのに、一日なにをしていたのか分からない時だってある。
 今の僕は、どこか空っぽなのかもしれない。
 気づけば、ここには蓮と僕だけになっていた。
 お互い、無言でスマホをいじっていて、そんな中、廊下からは笑い声がときおり聞こえてくる。僕はそのたびに蓮のほうを一瞥してしまう。何回か、蓮からの視線も感じていた。
「今日、バイト?」
「いや、違うよ」
「そっか」
 蓮はそれだけを答えて、またスマホに視線を落とした。それを確認して、僕も同じようにスマホをいじる。
 気まずい。
 会話の糸口を探しているみたいな空間に、息が詰まりそう。
 でもそんなふうになってしまったのは、思えば当たり前なのかもしれない。
 僕が蓮のことを避けて、会う時間も話す時間もすごく減っていって。
 どんなふうに笑っていたか、忘れてしまった。
 そんなの前みたいに、くだらないことを気軽に話せなくなってしまうのには、十分すぎる理由に思えた。
 こんなふうになってしまったのは、まぎれもなく僕が原因。
 それなのに蓮は、毎日のように声をかけてくる。
 僕からしたら、意味が分からなかった。
 そんなことを聞くわけにもいかないから、こんなふうに探っていて、霧の中にでもいるみたいだ。
 でも、蓮の答えなんて、どうだって良いのかもしれない。
 こんな関係をさっさと終わらせてしまいたいと、そんなことばかり考えているんだから。