ベンチに戻ると菫さんは座っていて、もう十分に撮れたからと、僕たちは解散することになった。
 菫さんは家が近所で、僕と蓮は電車だから道を分かれた。歩いていると途中に自販機があって、蓮はそこで立ち止まって財布を取り出した。
「喉乾かね? 螢はなに飲む?」
「いや、さすがにもういいよ。自分で買うから」
 そう言いながら、僕は後ろポケットに手を持っていく。あれ、と思って反対側も前ポケットも叩く。
 けど、なかった。
 いちおうバックの中も探ってみるけど、やはり見つからない。それを蓮に伝えると、蓮は顎に指を添えた。
「サイゼのときはあったんなら、病院くらいしかないんじゃね? 螢の折りたたみだし、歩いてるだけじゃ落ちないだろ」
「たしかに。ごめん、先帰ってて」
 僕は手を振って、病院へ向かって走る。でも院内はさすがに走るわけにはいかないから、早歩きで座っていた場所に行く。
 すると、おばあさんに話しかけられた。
 たしか、となりに座っていた方だった。
「これ、あんたのかい?」
 その手にあったのは、たしかに僕の財布だった。僕はなんどもお辞儀をして受け取ると、おばあさんは目じりに皺を増やした。
「良いんだよ。それよりも、菫ちゃんと蓮ちゃんの友だちなのかい?」
「あ、はいそうです」
 するとおばあさんは、またいちだんと皺を濃くして、僕のほうにしっかりと座り直した。そこで僕は、なんとなく察してしまった。これは確実に長くなるやつだった。
「そぉかいそぉかい。じつはね、菫ちゃんとは同じ部屋で入院しててねぇ、最近まで、よく話し相手になってもらってたんだよ。それでねぇ」
「えっと、待ってください」
 僕はおもわず手をかざして、止めてしまう。おばあさんは呆けた顔して首を傾げていたけど、そんなことを気にしている暇はなくなっていた。
 今、なんて言った。
 入試? 乳製品?
 いや、本当はちゃんと聞こえていた、入院って。
 菫さんが、入院?
 きっと、聞き間違いだろう。
 そうで、あってほしい。
 そう何度も頭の中で繰り返しつつ、おばあさんに尋ねた。笑顔でいるのを、忘れてはいけない。
「菫さんって、入院してたんですか」
「そぉだよ。今も水曜日とかは来てるけどねぇ」
 水曜日。
 そして、蓮が聞いてきた植物病。
 植物病は起きられる時間が短くなっていき、最後には植物状態になってしまう。
 菫さんと会えるのは、夕方だけ。
 ぜんぶが磁石になったみたいに、いっきに結びついていく。
 だからかもしれない。
 僕はおもわず、聞いてしまった。
「植物病、だからですか?」
 すぐに聞かなければ良かったと、後悔した。
 けど、もう遅い。
 おばあさんはなんどか瞬きをして、急に口元を押さえた。それを目の当たりにしてしまった僕は、たぶん、もう笑顔ではなくなっている。
「もしかして、知らなかったのかい?」
 肩が強張ってしまいながらも、なんとか首を縦に振った。おばあさんは目を落とし、両手を強く握ってから、すとんと肩を落とした。
 たぶん、菫さんに悪いと思っているんだろう。
 よくよく考えてみれば、騙すようなことしていたことに気づいた。申し訳なくなって謝ると、おばあさんは優しく目を細めた。
 徐々に胸が痛くなって、ひもで縛られているみたいだった。