いったい、なにを話せば良いというんだろう。
そう思って、僕も蓮に便乗しようとした。べつにトイレに行きたいわけじゃないけど、今は行くしかない。
でもその前に、菫さんに肩を叩かれて引き留められてしまう。
「まさか、蓮の友だちが螢くんだったなんてね」
ははは、と僕は明らかに嘘くさく笑ってしまう。
「僕も、まさか蓮のお姉さんが菫さんだとは思いませんでしたよ」
「そうだよね。あんまり似てないから」
「そうですか? 周りがよく見えている所とか、そっくりだと思いますけど」
「へえ」
菫さんは一瞬肩を強張らせてから、目を細めてこっちを見据えてくる。僕は目を逸らして、頬を掻いてしまった。
体が熱くて痒くて、急に暖房の効いた部屋に入ったときみたいになっていた。
蓮、速く戻ってこないかな。
ちらちらと、トイレの入り口を見てしまう。するとふふっと笑い声が聞えて、振り向く。
「蓮の友だちが螢くんで良かったよ」
「まあたしかに、知らない人よりは良いですよね」
いくら社交的な菫さんだとしても、初めて会った人に写真を撮られるのは、緊張するんだろうか。そう思っていったのだけど、菫さんは首を横に振った。
そして、花開くように笑った。
「蓮の友だちが、螢くんで良かったってこと」
僕は頬を掻きつつ、そっぽを向いてしまう。そんなふうに思ってくれるのが、素直に嬉しかった。
蓮が戻ってきて、僕たちは病院を後にした。
撮影場所は歩いて五分くらいのところにある、本望寺というところ。そこには自然に囲われた大きな公園もあるようで、きょうのメインで撮る場所でもあった。
本望寺は、菫さんと蓮が幼いころによく来ていた公園らしい。だからせっかく撮るなら、思い出の地が良いということで意見が固まったらしい。
「やっぱり、良いところだよね。来てよかった」
「そうだな。姉さんが駄々こねなかったら、もう来なかったかも」
蓮が唇の片端を上げて言えば、菫さんは蓮に向けてどつく。僕はおもわず。笑ってしまった。
「木陰で涼しいし、なにより、匂いが好きです。雨っぽくて」
僕は深呼吸をして言うと、菫さんも僕と同じように真似た。それから笑顔になって僕を見たて、そして、下を向いた。
真下に転がっていた石ころを蹴飛ばして、その行く末にじっと目を澄ましていた。
「私も好きだったな、この匂い」
僕はその横顔を見つめてしまった。僕の爪の長さくらいありそうなまつ毛は、微かに垂れ下がっていて、少し歪んで見えた。
でもこっちを振り向いたときには笑顔で、緑の雰囲気に溶け込んでしまいそうなくらい自然だった。
涙目だったように見えたんだけど、気のせいだったんだろうか。
それに、雨が過去形の好きだった。
僕は高校生のころまでゲームが好きだったけど、今ではもうほとんどやらない。好きだったものが、好きではなくなる。
そんなのは、よくあることなのかもしれない。
けど好きだったものが嫌いになるなんて、よっぽどのことがないと起こらないんじゃないだろうか。
菫さんが雨を嫌いなのは、梅雨に菫の花が散ってしまうから。
どうして、嫌いになってしまったんだろう。
そんなちょっとしたもやもやを抱えながらも、写真の撮影は始まってしまった。
そう思って、僕も蓮に便乗しようとした。べつにトイレに行きたいわけじゃないけど、今は行くしかない。
でもその前に、菫さんに肩を叩かれて引き留められてしまう。
「まさか、蓮の友だちが螢くんだったなんてね」
ははは、と僕は明らかに嘘くさく笑ってしまう。
「僕も、まさか蓮のお姉さんが菫さんだとは思いませんでしたよ」
「そうだよね。あんまり似てないから」
「そうですか? 周りがよく見えている所とか、そっくりだと思いますけど」
「へえ」
菫さんは一瞬肩を強張らせてから、目を細めてこっちを見据えてくる。僕は目を逸らして、頬を掻いてしまった。
体が熱くて痒くて、急に暖房の効いた部屋に入ったときみたいになっていた。
蓮、速く戻ってこないかな。
ちらちらと、トイレの入り口を見てしまう。するとふふっと笑い声が聞えて、振り向く。
「蓮の友だちが螢くんで良かったよ」
「まあたしかに、知らない人よりは良いですよね」
いくら社交的な菫さんだとしても、初めて会った人に写真を撮られるのは、緊張するんだろうか。そう思っていったのだけど、菫さんは首を横に振った。
そして、花開くように笑った。
「蓮の友だちが、螢くんで良かったってこと」
僕は頬を掻きつつ、そっぽを向いてしまう。そんなふうに思ってくれるのが、素直に嬉しかった。
蓮が戻ってきて、僕たちは病院を後にした。
撮影場所は歩いて五分くらいのところにある、本望寺というところ。そこには自然に囲われた大きな公園もあるようで、きょうのメインで撮る場所でもあった。
本望寺は、菫さんと蓮が幼いころによく来ていた公園らしい。だからせっかく撮るなら、思い出の地が良いということで意見が固まったらしい。
「やっぱり、良いところだよね。来てよかった」
「そうだな。姉さんが駄々こねなかったら、もう来なかったかも」
蓮が唇の片端を上げて言えば、菫さんは蓮に向けてどつく。僕はおもわず。笑ってしまった。
「木陰で涼しいし、なにより、匂いが好きです。雨っぽくて」
僕は深呼吸をして言うと、菫さんも僕と同じように真似た。それから笑顔になって僕を見たて、そして、下を向いた。
真下に転がっていた石ころを蹴飛ばして、その行く末にじっと目を澄ましていた。
「私も好きだったな、この匂い」
僕はその横顔を見つめてしまった。僕の爪の長さくらいありそうなまつ毛は、微かに垂れ下がっていて、少し歪んで見えた。
でもこっちを振り向いたときには笑顔で、緑の雰囲気に溶け込んでしまいそうなくらい自然だった。
涙目だったように見えたんだけど、気のせいだったんだろうか。
それに、雨が過去形の好きだった。
僕は高校生のころまでゲームが好きだったけど、今ではもうほとんどやらない。好きだったものが、好きではなくなる。
そんなのは、よくあることなのかもしれない。
けど好きだったものが嫌いになるなんて、よっぽどのことがないと起こらないんじゃないだろうか。
菫さんが雨を嫌いなのは、梅雨に菫の花が散ってしまうから。
どうして、嫌いになってしまったんだろう。
そんなちょっとしたもやもやを抱えながらも、写真の撮影は始まってしまった。