順東大学附属病院までの道のりは、大通りをただ真っ直ぐ行くだけというとても単調なもの。ひたすら歩く時間が続いていた。
 でもそこに気まずい風はいっさい吹いていなくて、なんなら芝生で寝っ転がって日向ぼっこしているのと同じくらい居心地が良い。
 心を許されているみたいで、僕はけっこう好きなのかもしれない。
 蓮は、どう思っているんだろうか。
 横目でとなりを見遣ると、蓮はうっすらと口角を上げて、空を見上げていた。僕の頬も勝手に緩んでしまった。
 信号が赤になって足を止める。
 手持ち無沙汰になって無意識にスマホをいじっていると、蓮がこっちを向いているのが視界に入って、振り向く。目が合うと蓮は視線を落とし、口を閉ざしていた。
 でも信号が青になると、歩きながら蓮は話し出した。
「じつはさ、俺の親って離婚してんだよね。そのせいで、姉さんとは別々に暮らしてるみたいな」
 蓮は前髪をいじりながら言ったあと、徐に息を吐き出す。でも僕は口を開くこともできずに、ただ頷くことしかできなかった。
 それを合図に、また蓮は話し出す。
「でもべつに、今はあんま気にしてないから」
「うん」
 今回は声を出して、表情も緩めることもできた。すると蓮はやんわりと頬を上げ、淡く朱色に染めた。
「だからまあ、たまには姉弟の写真も良いかなって」
 腕を上げてぐいっと大きく伸ばし、ポケットに手を突っ込んだ。つい、僕は笑顔になってしまう。
 珍しく、蓮が恥ずかしそうにしていた。
 だからということもあるけど、一番はそこじゃない気がする。
 今まで蓮は、内側をあまり話してくれなかった。そんな彼が、素直じゃないにしろ、僕には話してくれた。
 それが、ちょっぴりくすぐったかったのかもしれない。
 蓮は僕のほうを見て、革の白い腕時計に見せてきた。「これ、姉さんに貰ったやつ」とくすりと笑って言う。じっと、蓮は腕時計に目を据える。
「べつに言わなくても良いか、って思ってたんだよ。でも協力してもらうのに事情知らないのは、さすがにどうなんかなって。それに姉さんの前で急に知ったら、どうしたら良いか分かんなくなるな、とも思ったんだよ」
 こちらをちらりと見ながら、言葉を次々と並べていく蓮。頬が緩んでしまって収まってくれない。
 いつも飄々としているからこそ、なんだか少しかわいく見える。
 でも、そんなことより。
 僕を信頼していないから話してくれないんじゃなくて、気を使ってくれていただけなんだと知れて。
 溢れ出す気持ちを、堪えきれなかったのかもしれない。
「ありがと、話してくれて」
 蓮と目を合わせて言うと、蓮はもみあげに触れながら小さく笑って「おう」と呟くように言った。
 なんだか今日は、蓮の知らない一面がいっぱい見られた。
 友達として、距離が近くなった気がして嬉しくて、そんな蓮のお姉さんとも仲良くなりたいと素直に思った。
「蓮のお姉さんって、どんな人なの?」
「うーん、頑固、みたいな? てかなに、気になんの?」
「まあ、蓮のお姉さんだし」
「まあ、俺に似て美人だけど、あの人だけはやめとけ。めんどくさいから」
 まじめな顔で言ってきて、僕はすぐさま首を横に振った。
 なんだか勘違いしているし、それとなんだか言い回しがおかしい気もする。けどまあ、蓮が美人だということは、きっと相当なんだろう。
「べつにそういう意味で聞いたわけじゃないよ」
「なんだよ、つまんねーの」
 蓮はからからと笑いながら、後頭部で手を組んでいた。僕もつられて笑ってしまった。くだらない会話だと思ったけど、僕は意外と好きなのかもしれない。