ということは、蓮なのだろうか。
 そうじゃなければ、わざわざ病院で撮る必要も、水曜日の用事を隠す必要も、なにもないから。
 そういえば蓮はこのまえ、植物病のことをどう思うか聞いてきた。
 もしかして、蓮は。
 嫌な考えが、鎖で結びつくようにどんどん繋がっていく。でも蓮から直接聞いたわけではないし、植物病なんて奇病、かかる方が珍しいし……。
「お客様」
 そう声をかけられ、僕は水が溢れ出ていることに気づいて、急いで止める。蓮の心配そうな顔が見えて、僕は「ぼうっとしてた」といちおう言っておいた。
 前を見遣ればタイミングよく、蓮は噛み切るように欠伸をしていた。僕はそっと、口に水を含ませて転がす。口がすごく渇いて、気持ち悪い。
 なんでもないはずの行動が、今の僕には、どこかわざとらしく見えてしまった。
 僕がいつまでも黙っているからか、「このドリア下手したら週五で食べてる」とか、「同じ学部の山下が彼女に振られた」とか、蓮はなにかと話しかけてきた。
 こんなに無理をさせているのに、いつまでも呆然としてはいられない。僕はなるべくいつも通り話した。
 でも、胸の辺りはいつまでも落ち着かなかった。
 まるで、蝉でも住み着いているみたいだった。
 お互い食べ終えて、僕はトイレに行く。手を洗うとき、自然と鏡に目がいっていた。そこで笑顔をやってみて僕は、ははっと乾いた声で笑ってしまった。
 初めて自分の作り笑いを見るけど、引きつっているにもほどがある。
 こんなの、蓮にバレているに決まっている。
 どうしてここまで不器用なのかな、僕って。
 おもわずため息が零れてしまいつつも、両頬を叩いて蓮の下に戻った。これから撮影なんだから、こんな所でいつまでもウジウジしてはいられない。
 後ろのポケットに入っている、折り畳み式の財布を取り出す。
 けえお、伝票がどこにもなかった。店員が持ってくるのを忘れたのかと思って呼ぼうとすると、蓮に止められた。
「そろそろ時間だし、行こうぜ」
 蓮はそれだけを言って、席を立った。僕は一瞬ぼうっとしてしまってから、すぐにあとを追いかけた。顔が綻んでしまいそうになるけど、必死に押し殺した。
 たぶん、僕がトイレに行っている間に払ってくれていたんだろう。なんだこいつ、って思った。でもひとまず、「ありがとう」とお礼は言っておく。
 すると蓮は小さく笑って、「おう」と言ってすぐに前を向いた。なんとなく照れ隠しなんだということは分かって、自然と僕も笑顔になっていた。
 ここまで和ませてくれているのに、変な写真は撮れないな。
 今は写真のことだけに集中しようと、心の中で何回も言い聞かせた。