水曜日の昼、相も変わらず蒸し暑い日。
 曜日に水がつく日だからかな。今にもぽつりときそうな曇り空を見ながら、くだらないことを思った。
 いつもならこの時間帯は講義があるけど、今日は講師の都合で休みになっていた。
 だったらちょうど良いだろうと、『姉さんとの写真を撮る』というこの前の約束を今日にすることした。
 それでも、待ち合わせ場所は文慶大学の入り口前だった。
 どうして用もないのに大学で待ち合わせているかというと、ただもっとも分かりやすいから、ただそれだけの理由。
 いちおう、十分前には着くようにしていた。
 けど、門の前にはもう誰かいた。黒のスラックスと白のワイシャツを着た男性。遠くでも分かるくらい、かっこいい雰囲気が漂っていて、だれなのかはすぐに分かってしまった。
「ごめん、おまたせ」
「いや、今ちょうど来たとこだから。てか、この会話きもいな」
 そう言って蓮はくすくすと笑って、僕も笑ってしまう。たしかに、男同士だと意味もなくきもい気がした。
「蓮、今日の格好普通だね」
「なに、いつも変ってことかよ」
「いやそうじゃなくて、腕時計しかつけてないし、落ち着いた服装だなって」
「まあ、ちょっとな」
 蓮は襟足に触れながらそれだけを言って歩き出し、僕はそのあとについていく。まあ、そういう気分の日もあるんだろうと、こっちで勝手に解釈することにした。
 そういえば場所はどこなんだろう。
 今さらのように考えていると、蓮はこっちに振り返る。
「行く前にさ、飯食いに行かね?」
 蓮はお腹をさすって、少し眉間に皺を寄せていた。僕は少し悩んだけど、頷いた。昼ご飯を食べてきたからそんなにお腹空いてないけど、ぎりぎりピザ辺りならいけそうだから。
 たった二回の会話で決まったのは、案の定、学生の味方サイゼリア。
 蓮はミラノ風ドリアを、僕はマルゲリータピザを頼んだ。もちろん、ドリンクバーはなしで。水を飲んで一息つき、僕は蓮のほうを見遣る。
「そういえば、写真を撮る場所ってどこなの?」
 そうなにげなく聞いたつもりだったけど、間の悪いことに注文した二つのものが着てしまった。なんだか、もう一回言うのも変な気がする。
 とりあえず何事もなかったかのように食べていると、蓮は一口食べてから口を切った。
「ここ」
 それだけを言ってスマホを差し出してきて、蓮はもくもくと食べ進める。
 でも僕は、おもわず手を止めてしまった。
 そこに映っていたのは、ここから一番近い順東大学附属病院だった。
 そこで、蓮の落ち着いた格好に合点がいった。
 ということは、もしかして。
 僕は頬を掻いてしまいつつ、ちらりと蓮を見遣った。
「もしかして、蓮のお姉さんって、入院してるの?」
「してないよ」
 蓮はスマホを取り上げて、いじりながら淡々と言う。
 冷たすぎる冷房のせいか分からないけど、手のひらが湿っていくのを感じていた。まだ半分くらいしか減っていないけど、僕は水を入れてくると告げて席を立つ。水を注ぐ音が、直接耳に入ってくるみたいに聞こえてくる。
 蓮の答えは、もはや、なにかを隠しているようにしか見えなかった。
 最初はお姉さんが病気だったり妊娠していたりと、なにかしらの理由で入院しているのかと思ったけど、そうではないらしい。