「だって、ちょっと恥ずかしくない? この年で恋愛に夢見てるの」
 少し固まってから、くすりと笑ってしまうと、菫さんが訝しげに目を細めていた。
 けど、そんな表情もとてもかわいかった。いつまでも見ていた気がするけど、嫌われたくもないからさっさと口を切った。
「そうですか? 僕も読みますよ、少女漫画」
 僕は決してバカにして笑ったわけではなくて、ただ同じようなことを考えているから、つい笑ってしまっただけだった。
「そうなんだ。なんだか、そっちのほうが意外だね」
 そのことを汲み取ってくれたのか、菫さんはくすくすと笑う。笑ってくれたことが嬉しくて、僕もいっしょに笑顔になっていた。
 やっぱり、笑顔が一番好きだ。
「じゃあ今度、いっしょに映画見ませんか?」
「あ、良いねそれ。でも、写真撮る時間なくなっちゃうかもよ?」
「良いですよ、ぜんぜん。それに……」
「それに?」
「いえ、なんでもないです」
 僕は頬を掻きながら言ってから、「これ、片づけてきますね」と誤魔化すように飲み終えた二つのグラスを片付けに行く。
 菫さんがもう帰らなければいけない時間になっていることに気づき、今日はここで解散になった。
 でも僕はもう少し残っていくことにして、カフェラテを追加で注文した。
 カメラのディスプレイで、今日撮った写真を振り返っていき、それぞれの名前の候補を考えることにした。
 まずは最初に撮った、アスファルトから突き破って生えている花の写真から。
 いないいないばあ、びっくり箱、人への下克上、さよならアスファルト。
 色々思い浮かんでメモアプリに書きだしていくけど、カフェラテが三分の一くらいになったときには、考えるのをやめていた。
 ぼうっと、写真を眺める。
 でも、菫さんにばかりに目がいっていた。
 彼女がどんな表情をしているかという、たった一つのことだけだった。そしてどれも、ずっと見ていられるくらいきれいだった。
 私たちの特別な思い出。
 菫さんはたしか、そう言っていた。
 だったら、彼女といっしょに決めたほうが良いんじゃないだろうか。
 それに菫さんがいてくれたほうが、なんだか、もっとおもしろいアイディアが浮かぶ気もする。
 そんなふうに、いろいろ理由は思い浮かぶ。
 けど、ぜんぶ方便に思えてくる。
 どうしてだろう。
 分からなくて、写真を見返していく。
 どれも良い写真なのは、間違いなかった。でも真っ先に目につくのは、楽しそうに笑う彼女の顔ばかり。
 そこで僕はあることに気づく。
 くすりと笑って、ディスプレイに映る彼女をそっと撫でていた。
 ああ、そうか。
 僕はただ、彼女といっしょに過ごしたいだけなのかもしれない。