「でも、一つしばりをつけようと思っています」
「しばり?」
「はい。どの写真にも、菫さんが映っていてほしいです」
 ぽかんとしてから、菫さんは首を傾げる。
「それって、私がいる意味あるの?」
 僕は頷き、カメラの画面に目を澄ます。
「菫さんのおかげで、思いつくことができたので」
 そう言って、レンズ越しに菫さんを見据えて、すかさずシャッターを切る。そこには、花のようにささやかな笑みが映っていた。
「じゃあ、写真の新人賞に出したりするの?」
 カメラから目を離すと、撮った写真を見ながら菫さんは聞いてきた。僕は一瞬肩を強張らせてから、頬を掻いてしまった。
「いや、その……」
 じいっと地面ばかりを見つめて、カメラが震えるくらい、握る手に力がこもってしまった。彼女を、ちゃんと見ることができなかった。
 どうしてだろう、言葉が出てくれない。
 そんなふうに僕が答えあぐねていると、菫さんはなにかを察したかのように大きな笑顔になった。
「まあ、それは撮ってみてから考えても良いよね」
 菫さんは立ち上がり、僕の前を歩いていった。僕は大きくため息を零してしまいながらも、後を追いかけた。
 名前は後々つけることにして、僕たちは写真を撮り続けた。
 フェンスにぎっしり絡まっているツタの写真や、たった一つだけ残された子どもの靴、工事中なのか空き地を塞ぐ、長方形の黄色いバリケードのようなもの。
 色んなものを撮って、すべてに菫さんが映っている。
 空を見上げると、自然とため息を零してしまう。
 さっきまで真っ青だったのに、もう、じんわりと茜色が染みこんでいく。
 なんとなく、そこに向けてシャッターを切ってみた。見てみると、その写真よりも僕の見えている視界のほうが、少し霞んで見えている気がした。
 プロになるつもりなんて、さらさらない。
 そこにやましさなんて何もなくて、前からずっと思っていたことで、色んな人に伝えていることだった。
 それなのに、菫さんにはきっぱりと答えられなかった。
 いつもなら呼吸をするように、笑顔を浮かべて言えるのに。
 どうして、素直に言えなかったんだろう。
 やっぱり、言うべきなのかな。
 そんなことを考えつつ菫さんの方に振り向くと、また隣りにいないことに気づく。振り返ると菫さんはしゃがんでいて、またなにか見つけたのかと思って声をかける。
 けど、返事は来なかった。
 縮こまって、まったく動く気配がなかった。
 僕は急いで側に駆け寄ると、菫さん少し苦しそうに口角を上げていた。
「ごめんね、ちょっと疲れちゃった」
「いや、こちらこそすいません。気づかなくて」
 手を貸して、菫さんを起こしてあげる。
 今日はここまでにすることにして、少し休んでから帰ることにした。地図を開いてみると、大通りにドトールがあるのを知って、ひとまず向かうことにした。
 涼しい店内に入って前後の二人席に着くと、菫さんは軽く息を吐いた。顔色も少し悪くて、薄っすらと汗が額に滲んでいる。たぶん暑くて出ているものじゃなくて、とても辛そう。僕はバックから紅茶を取り出した。
「菫さん、まだ飲み物残ってますか?」
「ううん、全部飲んじゃった」
「じゃあ、これ飲んでてください」
「ありがと。でも、良いのかな店内で」
「大丈夫です。注意されたら、僕が説明するんで。買ってきますけど、なに飲みますか?」
「じゃあ、オレンジジュースで」
 僕はレジの列に並びながら、チラチラと菫さんの様子を窺ってしまう。でも見たところ大丈夫そうで、一安心していた。