肘で固定しつつ、彼女の瞳を撮っていった。ブルーモーメントの時のようにはいかないけど、夜の星空のようにとても澄んでいた。
 そしてやはり、彼女の瞳は笑っていなかった。
 撮り始めてから、ずっと変わらない。
 初めはまだ壁があるからだと思っていた。けど、菫さんの人柄的に違うような気もする。写真を撮られるのが嫌い、ということも考えたけど、それならそもそも撮らせてくれないだろうし。
 けっきょく、なにも分からなかった。なんなら、僕には一生分からないことのかもしれないとも感じ始めていた。
 僕には、役不足なんだろうか。
 そんな気持ちが、心の片隅に浮かんでいた。
 僕は深く鼻で息を吐き、続けてシャッターを切った。そうやっていくと、砂糖を水に溶かすみたいに心が落ち着いていく。
 そんな撮影中に、菫さんはぱたりと笑顔をやめてしまい、レンズ越しの僕を見据えてきた。
「ねえ、この子たちに名前つけてあげない?」
 とつぜんそんなことを言われ、僕はファインダーから目を離して首を傾げてしまう。
「えっと、どういうことですか?」
「白猫とこの花に、名前をつけてあげたいの」
 真っ直ぐな眼差しで見てきて、目を瞬かせてしまいつつも、どうにか頷いた。菫さんが真剣だということは、間違いないから。
 また、名前だった。
 名前に、なにか思い入れがあるのだろうか。
 そうじゃなければ、こんな立て続けに名前について触れてこない気がする。
 でもこれはある意味、彼女を知ることができるチャンスなのかもしれない。
 ひとまず、名前をつけたい理由を聞いてみる。すると菫さんは、僕の腕の中にある白猫を取って抱きかかえ、毛並みに沿って撫でた。
「特別なものに、したいからかな」
 僕はまた首を傾げてしまう。けど菫さんはちらりと上目づかいでこっちを見るだけで、なにも言わないまま白猫を撫で続けた。
 そこに手が伸びそうになるけど、とっさに手を引っ込めた。
 僕が撫でているときよりも、白猫は気持ちよさそうにしていた。
 どうしてかはパッと見では分からなくて、彼女の指をじっと目で追っていく。
 なにかが違うということだけは分かる。力加減とか、角度とか、そういうことではないのかもしれない。ちらりと、彼女の顔を見遣る。
 彼女は真っすぐ白猫の表情を見つめていた。僕は手のほうに目を向けると、ときおり撫でる場所を変えていることに気づく。白猫がうっとりすると、彼女は笑顔を浮かべてそこを撫で続けた。
 どうやら白猫の反応を見て、撫でかたや場所を変えているようだった。
 僕はかわいい表情の猫が見たくて撫でていて、ほかの人もたぶんそうだと思う。だからこそ菫さんは、他の人とは違う感じがして。
 触れてみたいと、思ってしまったのかもしれない。