僕は無意識にカメラを向け、シャッターを切っていた。
 もちろん、花の写真と。
 花を愛でている、菫さんの横顔もいっしょにカメラフレームに入れていた。
 たしかに、花も良い写真になった。
 けど、やはり引き付けられていたのは、もう一枚の写真だった。
 こんなふうに、僕には見えない風景を見せてくれるから、彼女を映し出したいと思うんだろうか。
 分からないけど、一つ言えるのは。
 どんなにきれいな花が咲いていようとも。
 彼女という花の前では、ピントが合わないみたいに、どこまでも霞んで見えるかもしれない。
「螢くんは、こんなふうに咲けると良いね」
 菫さんは微笑んで、そんなことを言った。僕は固まってから、カメラに目を落として頬を掻いてしまう。
 どう、答えれば良いんだろう。
 そもそも、僕にそんな力強い生き方ができるとは、とても思えない。
 でもそんなことよりも、もっと引っかかるところがあった。
「菫さんも、じゃないんですか?」
 そう聞くと、菫さんの手元に力が入るのが見えて、ゆっくりと顔を上げる。彼女は口元だけを緩めて、花に向けて目を細めた。
「私はね、いつまでも蕾のままなんだよ」
 葉の擦れあう音みたいに小さく、彼女は囁いた。
 真っ直ぐ、彼女の澄んだ瞳を見つめてしまう。
「それは、どういう意味ですか?」
「さあ、なんだろうね」
 彼女は優しく目を笑わせて、花びらが散るようにワンピースを翻した。
 けっきょく、彼女は答えてくれなかった。
 僕もこれ以上、聞くことはなった。
 聞かれたくないんじゃないかって、なんとなく感じたから。
 それからは、菫さんに色々お願いしながら写真を撮っていった。
 すると、すぐ側から、にゃー、という聞き覚えのある鳴き声がした。振り向いてみれば、そこには白猫が座っていた。
「やっぱり、君か」
 手を寄せると白猫はすり寄ってきて、抱きかかえてあげた。すると菫さんはこっちまで来て、白猫の頭を撫でた。
「かわいいね」
 彼女はそう言ったけど、僕は凍ったように固まってしまった。
 せっけんの匂い、静かな吐息、微かに伝わってくる熱。
 そんなよこしまな感覚に、じっくりと意識が沈んでいく。
 こんな光景、動物園にでも行けばいつだって見られるのに、どうしてだろう。
 ずっと眺めていられるくらい、愛おしかった。
「この子も、一人なんだね」
 僕のほうを向いて微笑んでいたけど、どこか悲し気で、水たまりみたいになにかをため込んでいるように見えた。
 この子も、一人。
 一人なんだろうか、菫さんも。
 けれど、とてもそうは思えなかった。
 気さくで笑顔の絶えない女性。
 だからきっと、言い間違えただけなんだろう。