お菓子を食べ終えたら、僕たちは腰を据えて撮影を始める。特に決めているわけじゃないけど、これがいつもの流れになっていた。
ここ数日は、雲一つないと言って良いほど、きれいに晴れていた。そのせいかずっと同じ風景になってしまって、さすがに公園には飽きてきていたころだった。
そこで僕は公園近辺をぶらぶらしないかと提案し、菫さんも頷いてくれた。
でもよくよく考えてみれば、僕は通学路以外の道をほとんど歩いたことがなかった。どうしようか、と地図アプリを開きながら考えていると、菫さんに肩を突かれた。
「せっかくだし、調べないで歩いてみない?」
僕の手に、彼女の手を添えていた。とっさに手を引っ込めて、僕はそっぽを向きながら頷く。彼女は少し目を剥いてから、くすくすと堪えるように笑っているのが間接視野で見えて、僕は少し早足になっていた。
彼女は、ただスマホを引っ込めてほしかっただけ。
そんなことは、分かっている。
けど触れたところが、異様に熱い気がする。
彼女に見られないように、触れたところに目を据える。
まだ、感触が残っている。
赤ちゃんの手みたいに、柔らかい手だった。
でもそれ以上に、花の茎みたいに簡単に折れてしまいそうな、とても細長い指だった。
普段なら行くことのない、大学から逸れた道に入っていく。そこは住宅地になっていて、ずっと同じような景色が続いていた。
本当になにもないな。
そう思いつつも、たんたんと歩き進めていく。
けど、足を止めてしまう。
菫さんがとなりにいなかった。振り返れば、少し離れたところで彼女が道の端でしゃがみ込んでいるのが見えて、急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか、菫さん」
「うん、大丈夫。ただ、面白い花だなって思って」
彼女の指さす先には、アスファルトと塀のひび割れた隙間から生えている、小さい黄色の花があった。
特別きれいなわけでもなく、どこにでも生えていそうな花に見えた。
いったい、なにが面白いんだろう。
そう思って彼女に尋ねてみるけど、逆に首を傾げられてしまった。
「螢くんは、この花が普通に見えるの?」
「そうですね、よく見る花だと思いますけど」
「私は、そうは思わないかな」
菫さんはそっと花に触れ、綿あめのように柔らかく微笑んだ。
その花も彼女に応えるかのように、そよそよと揺れている。まるで僕には、母親が子どもの頬に触れているように見えた。
「どれも、特別な花、ということですか?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうしてですか?」
菫さんは茎から上に向かってなぞっていき、花びらを優しく撫でた。
「私には、こんなふうに力強く咲けないから」
南風が、僕たちのすき間を吹き抜けていく。
彼女の長い黒髪とワンピース、そして花びらがゆらりゆらりとそよいでいて、まるで僕には通じ合って、楽しく踊っているように見えた。
僕は、見とれてしまった。
花にも、菫さんにも。
アスファルトを突き破る花。
なにがなんでも生きてみせる、と僕らに訴えかけているみたいだった。そう思うと、植木鉢の花より、だんぜん魅力的に見えてくる。
そこで、思うことがあった。
だから病人や選手といった、なにかに抗っている人を表現した写真には、たくさんの人が惹かれてしまうんじゃないだろうか。でも同時に、それらはありきたりなようにも思えてくる。
ただ、この花なら。
ここ数日は、雲一つないと言って良いほど、きれいに晴れていた。そのせいかずっと同じ風景になってしまって、さすがに公園には飽きてきていたころだった。
そこで僕は公園近辺をぶらぶらしないかと提案し、菫さんも頷いてくれた。
でもよくよく考えてみれば、僕は通学路以外の道をほとんど歩いたことがなかった。どうしようか、と地図アプリを開きながら考えていると、菫さんに肩を突かれた。
「せっかくだし、調べないで歩いてみない?」
僕の手に、彼女の手を添えていた。とっさに手を引っ込めて、僕はそっぽを向きながら頷く。彼女は少し目を剥いてから、くすくすと堪えるように笑っているのが間接視野で見えて、僕は少し早足になっていた。
彼女は、ただスマホを引っ込めてほしかっただけ。
そんなことは、分かっている。
けど触れたところが、異様に熱い気がする。
彼女に見られないように、触れたところに目を据える。
まだ、感触が残っている。
赤ちゃんの手みたいに、柔らかい手だった。
でもそれ以上に、花の茎みたいに簡単に折れてしまいそうな、とても細長い指だった。
普段なら行くことのない、大学から逸れた道に入っていく。そこは住宅地になっていて、ずっと同じような景色が続いていた。
本当になにもないな。
そう思いつつも、たんたんと歩き進めていく。
けど、足を止めてしまう。
菫さんがとなりにいなかった。振り返れば、少し離れたところで彼女が道の端でしゃがみ込んでいるのが見えて、急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか、菫さん」
「うん、大丈夫。ただ、面白い花だなって思って」
彼女の指さす先には、アスファルトと塀のひび割れた隙間から生えている、小さい黄色の花があった。
特別きれいなわけでもなく、どこにでも生えていそうな花に見えた。
いったい、なにが面白いんだろう。
そう思って彼女に尋ねてみるけど、逆に首を傾げられてしまった。
「螢くんは、この花が普通に見えるの?」
「そうですね、よく見る花だと思いますけど」
「私は、そうは思わないかな」
菫さんはそっと花に触れ、綿あめのように柔らかく微笑んだ。
その花も彼女に応えるかのように、そよそよと揺れている。まるで僕には、母親が子どもの頬に触れているように見えた。
「どれも、特別な花、ということですか?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうしてですか?」
菫さんは茎から上に向かってなぞっていき、花びらを優しく撫でた。
「私には、こんなふうに力強く咲けないから」
南風が、僕たちのすき間を吹き抜けていく。
彼女の長い黒髪とワンピース、そして花びらがゆらりゆらりとそよいでいて、まるで僕には通じ合って、楽しく踊っているように見えた。
僕は、見とれてしまった。
花にも、菫さんにも。
アスファルトを突き破る花。
なにがなんでも生きてみせる、と僕らに訴えかけているみたいだった。そう思うと、植木鉢の花より、だんぜん魅力的に見えてくる。
そこで、思うことがあった。
だから病人や選手といった、なにかに抗っている人を表現した写真には、たくさんの人が惹かれてしまうんじゃないだろうか。でも同時に、それらはありきたりなようにも思えてくる。
ただ、この花なら。