菫さんが来るまで時間があるから、適当にファミレスのランチメニューで昼食を済ますことにした。のんびり過ごして時間を潰し、夕方になる頃に泉場公園へ向かった。
 着いても、まだ菫さんはいなかった。
 その間に持ってきたお菓子を食べながら、露出補正とか調光補正とかカメラの設定をいじる。ちらちらと、入り口のほうに目がいってしまう。
 いつも、こんな感じだった。
「螢くん」
 雨を滲ませたような大人びた声が、夏の蜃気楼を溶かして僕の下に届く。
 振り向くと、真っ白なワンピースをゆらゆらとさせて、カンカン帽を深く被っている女性がいた。
 まちがいなく、菫さんだった。
 彼女は僕のことを、螢くん、と名前で呼ぶ。
 最初に話しているときから感じてはいたが、彼女はクールな見かけとは違って、よく笑う気さくな女性だった。
 そんな彼女だから僕のことを、螢くん、と名前呼びしてきたんだろう。それは逆でも同じようで、菫、と呼ぶよう迫ってきた。
 渋っていた僕だけど、名前で呼ばなければ口も利かない、という子どもみたいな手を使ってきた。
 だからしょうがなく、菫さん、と呼ぶことになった。
 今では自然と口にできるようになったけど、初めはつい口ごもってしまったり、目を逸らしてしまったりと、情けない姿を見せてしまっていた。
 今思えば、そこまで名前呼びにこだわる必要があったんだろうか。
 呼び方なんて個人の自由で、あまり押し付けるようなところは見たことがない。
 あるとしたら、好きな異性に……それはないな。どう見ても僕のことを、男として見ていないだろうし。
 でも、それで良いのかもしれない。
 僕は、写真を撮れれば十分だから。
 カメラに手をかけ、レンズを彼女に向けた。
 何枚か撮って確認していると、どれも写真映えする素敵な笑顔だった。つい、こっちまで笑顔になってしまう。
 そんな様子を横から覗き込んできて、菫さんはふふっと噴き出した。
「まさかいつも早く来てるのって、来るところを撮るためだけ?」
「いや、まあ、それもありますけど。僕のほうが年下ですし、それに」
 そこで、口を止めてしまう。菫さんは首を傾げながら、覗き込むように僕を見てきた。僕は一度視線を向けてから、すぐさまそっぽを向いてしまった。
「まあ、遅刻するわけにはいかないんで」
「ふーん、真面目だね」
 僕は頬を掻き、苦笑いしてしまう。
 いちおう男ですし、と本当は言おうとしていた。別に言っても良かったのかもしれないけど、なんとなく嫌だった。
 写真を撮る前に、僕たちは各々が持ってきたお菓子を広げた。
 菫さんのは、もちろんチョコ。
「またチョコですか」
「たしかにチョコだけど、今日はガーナのブラックチョコだから」
 なぜか少し得意げになっていて、僕はまた引きつりながら笑っていた。
 菫さんはいつもチョコを持ってくる。
 わけは単純で、ただ好きだというだけ。
 彼女いわく、ミルク、ブラック、ホワイト、の基本ローテーションに、たまにミントやストロベリーなどの特殊な味を混ぜれば、毎日おいしく食べられるらしい。だからって、毎回食べる必要はないと思うけど。
 こっちからしたら少し厳しいところがあって、僕はいつもチョコ以外の、それも甘いものを除いたお菓子を持ってきていた。