にしても、今日は本当にお客さんが来ない。もはや、レジに立っている意味さえないようにも感じてきた。
 時計ばかりに目がいってしまう。あがり時間はまで、あと一時間くらいあっって、こうも暇だとたった一時間でさえ果てしなく感じてくる。
 ついには堪えきれず、手で隠しながら欠伸をしていると、店長と目が合ってとっさに口を閉ざした。店長が近づいてきて、少し俯きがちになってしまう。注意されるんだろうな。
 そう覚悟していたけど、かけられた言葉はまったく違うものだった。
「暇だし、嶋野くん早上がりしちゃっていいよ」
「良いんですか?」
 つい聞き返してしまうと、店長はにかりと笑って僕の肩を叩いた。
「良いよ良いよ。たぶん今日はずっとこんな感じだろうし。それに、さっきから落ち着きないしね」
 そう言って店長は、不細工なウィンクをしてどこかへ行ってしまった。
 どんだけ浮かれてるんだよ、僕。
 そう小さな声で自分に言いつけつつも、顔が緩むのを止めることはできなかった。
 今日は彼女と、泉場公園で会う約束をしていた。
 約束している、というよりは、彼女がいるから行く、と言ったほうが正しいのかもしれない。
 初めて出会ってから、気づけば二週間くらい経っていた。
 これで、会うのは六回目。
 会うのは、決まって夕方だった。
 僕は急いで着替えて店を出て、泉場に向かうため電車に乗った。夏休みだということと昼すぎだということから、車内は席が埋まるくらいには混んでいて、僕はドアの近くで立って寄りかかっていた。
 いつもならイヤホンをしているところだけど、本屋にいたときみたいに歌を口ずさんでしまいそうだからやめておいた。とはいえ、スマホをいじるのもなんだか煩わしい。
 なんとなく、窓の外を覗いた。
 最近、そんな日が続いている気がする。
 カンカン照りの日差しで、住宅地が眩しく光っていた。夕方までには少しでも落ち着いていると良いな。
 僕自身がそうでなってほしいということもあるけど、被写体になってくれる菫さんには、できるだけ良い環境でいてほしい。
 そういう点では、日中とはいえ会うのが夕方で良かった。
 そういえばどうして、菫さんは夕方にしか会えないんだろう。
 今までは緊張とか、撮ることに夢中になっていたとかで気づかなかったけど、普通に考えて社会人だったら働いている時間帯。
 だから、夕方限定で空いている人なんて、すごく珍しいことだった。
 芸能人だったり、フリーランスで働いているクリエイターだったりするのだろうか。
 大人びているような、子どもっぽいような、そんな不思議な雰囲気が彼女からは感じるから、それだったら頷ける気もした。
 それとも、主婦なのだろうか。
 十分、あり得る。きっと優しい穏やかなお母さんになりそうだと思った。
 思い返してみれば、今なにをしているのか聞いたあのときも、雨の話しではぐらかされたままだった。
 僕が大学二年で、本屋でバイトをしていて、写真を撮っていて。こっちのことを菫さんは知っているのに、僕は彼女の生活をあまり知らない。
 知っているのは、刺激的な炭酸飲料とチョコレートが好きで、それに弟さんがいるということくらい。
 なんだか、不平等なようにも思えてきた。
 だけどそれは、僕と彼女との心の距離を表していると、そんなふうにも考えられるんじゃないだろうか。
 これから先、その差を埋めていくことができるのかな。
 そんな不安を胸に、じりじりと熱い駅へ降りた。